第39回 365cafe 作品展
きむらと・佐竹龍蔵 作品展 
2025年11月12日(水)-12月15日(月)

【きむらと|kimurato】

インスタ

宮城県東松島市出身。大学で日本画を専攻。
近所をふらふらと歩いていると何かと目が合う瞬間がある。それは動物だけでなく枝や石ころなどでも。これが散歩の醍醐味であり、私が描く絵の最初になる。
■個展
2022
「森の波打ち際」恵文社一乗寺店ギャラリーアンフェール(京都)
2020
「目が合う瞬間」アートギャラリー北野(京都)
「暮らしのフォルム」ART HOUSE(大阪)

きむらと作品「石があるところ」

きむらと作品「青竹」

きむらと作品「波のあと」

【佐竹 龍蔵|Satake Ryuzo 】

インスタ

1987年 高知県四万十市生まれ。奈良市在住。地元高知でつくられた高知麻紙に、岩絵具を正方形の点描で何層も塗り重ねるという方法で絵を描いている。岩絵具の透過性と色の重なりにより平坦な画面上に奥行きをつくり、やわらかく揺らぐような質感でいろんなものが描けたらいいなと思う。
現在は、旅先や地元で出会った景色、その土地にまつわる物語などをもとに絵を描いている。人々の生活の痕跡、災害の爪痕や戦争の遺構、土地に伝わる昔話や民話、すれ違った旅人たちの姿など、さまざまなモチーフを通して人間と自然との関わり方を形にしている。また、美術教育に関わることを自身の重要な活動の一つと考え、現在は奈良の高校と京都の大学で教員として勤務している。
■個展
2025
「東京」(Gallery Yukihira/東京)
2024
「旅のあとかた」(新宿高島屋 美術画廊、大阪高島屋 ギャラリーNEXT)
「水辺を歩く/人間の森」(YOD Gallery/大阪)
2023
「体について」(LIGHT HOUSE GALLERY/東京)
「かたち」(Lop cafe & mini gallery/和歌山)
「目の前にある彼方」(髙島屋 美術画廊/横浜)
2021
「ともだち」(長亭GALLERY/東京)

佐竹龍蔵作品「清澄白河の丸太」

佐竹龍蔵作品「東京スカイツリー」

【見どころ】
繊細さと曖昧さ。きむらとさんと佐竹さん、お二人の作品を見ていると、いつしか不思議な気持ちに囚われます。風景や身の回りのものを描いていて、単純に美しいのはもちろんなのですが、描かれたものの繊細さを見つめてゆくと次第に輪郭がぼやけ、曖昧になってゆくのです。そのアプローチの仕方が、きむらとさんと佐竹さんとでは、逆なような気がするのです。つまり、きむらとさんの作品は、繊細さが先にあり、それが色を重ねたりすることで曖昧に。一方、佐竹さんの作品は、曖昧さを突き詰めてゆく過程で、繊細さを増してゆく。あくまで個人的な意見なので、まったく別の捉え方をする方もいるでしょう。いわば、見る人によってさまざまに変化する深遠で静謐な作品。その秘密に迫りたいと思います。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)

見つめて対象をよく知り、再発見する。

――お二人にとって、世界はどのように見えているのでしょう、って、いきなりこんな質問は困りますよね(笑)。お二人の作品、それぞれ作風は違うわけですが、基本にあるのが、「見つめる」ということではないかと思うのです。「見つめる」ということについてどのようにお考えでしょう。
きむらと:小学生の時にミニトマトの観察の絵を先生に褒めてもらったことがあって、それが初めて見ることを意識した時だったと思います。毎日見ているものさえ、見ずに描くことが意外とできないように、なんとなくものを認識して生活していると思います。何度も聴いていた曲の歌詞がある日突然実感を持って伝わってくるように、何気なく見ていたものが目に入る時、”見つめる”ということになるのだと思います。
佐竹:あまり考えたことがなかったのですが、「見つめる」というのはその対象をよく知ろうとする行為なのかなと思います。例えば、自分の経験からですが、縄文時代の遺跡で発掘調査が終わったあとに土で埋め戻されて現在はただの原っぱになっているような場所に行ったことがあります。そこが遺跡であるということは視覚的には全くわからないのですが、当時の人々がどういう暮らしをしていたのか調べたり、資料館に発掘された物を見に行ったり、その地域の現在の人々の暮らしや土地の空気に触れることで、何もない原っぱが自分の中ではただの原っぱではなくなっていきます。世界がどう見えているかは自分でもよく分かりませんが、視覚的なもの以外も含めてじっくり見つめることで世界が広がっていくような感覚があります。
――きむらとさんの作品で、たとえば小石を描いたものを拝見すると、石ってこんなにきれいだったんだと再発見した気分になります。その場合、色を忠実に再現しているのでしょうか。それともきむらとさんの感覚的意志が入り、色を変化させているのでしょうか。小石が「ただの小石」以上の存在になっています。
きむらと:本物の美しさには勝てないので、ある程度本物の色を意識しつつ、全体のバランスを意識して感覚で決めています。
――かつて拝見した佐竹さんの作品に、「清澄白河の丸太」があります。歩いて発見したものを撮影し、あとでドローイングに起こしているとのことでした。こちらも色合いが美しく、おそらく「ただの丸太」だったものが、「ただものではない丸太」になっています。作品にするとはこういうことなのか、と改めて思いました。描きながらどんなことを意識しているのでしょうか。意識というより念じているといった方がいいのかもしれませんが。
佐竹:今回展示する作品は、高知麻紙に岩絵具で描いた絵画作品と、紙に色鉛筆で描いたドローイング作品があって、「清澄白河の丸太」はドローイング作品ですね。ドローイング作品ではあまり深く考えずに、面白いと思ったものを描いているので「作品にする」という意識はほとんどないと思います。《清澄白河の丸太》は10年以上前に撮った写真を見て描いているので、面白いものを再発見したような感覚でモチーフを選んだのだと思います。
――見るというのは、再発見でもあるのですね。ものをよく見るというのは、子どもの頃からでしょうか。子どもの頃の思い出で何か印象深かったことはありますか?
きむらと:いろんなことを気にしたり、すごく心配性だった思い出があります。
――心配性というのは、やはり繊細だったからだと思います。佐竹さんはいかがですか。
佐竹:小2の終わりに転校したことです。
――高知県の四万十から奈良県へ? でしょうか。
佐竹:四万十市内の違う小学校です。家の距離で行ったら5kmも離れていない場所ですが学区が変わって、生まれた時から過ごした家や友人たちと離れることになったのが嫌でした。新しい環境に馴染めなかったわけではなく、転校してからも楽しかったのですが、ものの見方とか考え方が変わったような気がします。ちなみに奈良に越してきたのは5年ほど前で、その前は京都に住んでいました。
――子どもの頃から絵は描いていましたか?
佐竹:はい。絵を描くことと工作が好きでした。
――きむらとさんはいかがでしたか。
きむらと:小さい頃から、できることよりできないことを数える人間だったので、描くけれど描けていない部分の方が気になって、描くことが好きと言えるほどではなかったです。
――一般的には、子どもはむじゃきに大胆に絵を描くものだ、と思っている人が多いと思うのですが……お話を伺っていると、哲学者の思考のようです。「描けていない部分が気になる」というのは、なかなか思いつきません。
きむらと:絵を描くということは描けないものを明らかにする側面も持っていると思うのでどうしてもネガティブな思考になってしまいます。小さい頃はそういうことには気がついていなかったのですが、年を重ねるごとに様々な原因が分かってきました。
――具体的には、どんなことが原因なのでしょう。
きむらと:完璧主義の割にできないことが多いなとか、そこにあるものよりどこから失われたのだろうという方を考えてしまうな、という自分の理想と現実の差や思考の癖が原因だと思います。

古都・京の街で日本画を学ぶ。

――お二人とも京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)のご出身ですが、その大学に進学された理由を教えてください。
佐竹:画塾の先生に勧められて受験しました。
――画塾というのは、絵画の予備校ですか?
佐竹:そうです。進路を決めるのが遅すぎて高3の受験では合格できず、1年間浪人した時に高知市の画塾に通っていました。
きむらと:私の場合は、京都の街が魅力的に感じた部分は大きかったと思います。その頃、京都が舞台の小説をよく読んでいたのもありますし、盆地で街がぎゅっと詰まっているところに魅力を感じました。それとは別に、同じ高校の先輩も京都造形芸術大学に進学していたので安心感もありました。
――大学は京都のどのあたりにあるのでしょうか。どんな大学でしたか?
佐竹:銀閣寺や詩仙堂などの近くです。朝8時頃から夜10時までは大学のアトリエが開いていたので、制作できる時間がたくさんあったのがよかったです。在学当時は学内の二つのギャラリーで展覧会が開催されていて、ギャラリートークなどもよく聞きに行っていました。学内にある「こども芸術大学」という教育機関(現在は同名の認可保育園)でこどもたちと遊ぶボランティアをさせてもらったのも良い経験になりました。
きむらと:自然と街が共存した場所にあって、バスにちょっと乗れば美術館やギャラリーにも行けるので、たくさん作品を見られる環境で過ごせたのがとてもよかったです。
――お二人は日本画専攻だと思います。なぜ日本画を選択されたのでしょう。日本画のどんなところに魅力を感じますか?
きむらと:高校が美術科のある高校だったのでその時に日本画を専攻しました。1年生の時に油絵や彫刻など一通り試すのですが、立体より絵を描きたいと思っていたので、油絵具のぬるっと動く感じより岩絵具の”おく”感覚が自分に合っていたので選びました。日本画の魅力はたくさんありますが、自然物(水や膠)を用いて描いているということでしょうか。人間も半分以上は水で出来ているし、膠の原料(動物の骨や皮など)も考えたら、自分と絵の間に壁がない感覚があります。見ているとすっと自分の細胞に染み込んでくる感じがします。画面には膠も水も見えないので本当に感覚の話なんですけれども。
私は今日本画を描いてはいません。岩絵具を使いこなすことができず、描きたい絵は学生の頃なかなか描けませんでしたが、今は違う画材を使うことによってあの時の日本画に感じた憧れを叶えている気持ちです。今思えば薄い和紙を使うのも学部生の頃模写を学んでいて裏打ちなどに使用する薄い和紙に親しみがあったからですし、大学生の時は悩むことも多かったのですが日本画を専攻して本当によかったなと思っています。
佐竹:絵を描きたかったので受験時に洋画か日本画を選ぶ感じだったのですが、やったことがない油彩と木炭デッサンでの実技試験が無理だったので消去法で日本画を選びました。日本画は水彩と鉛筆デッサンでの試験なので、これならできるかもという感じで。
日本画の魅力とは違うかもしれませんが、日本画コースに入学して岩絵具という素材に出会えたのはよかったです。

自分ができる技法を追求し、それぞれの画法を確立。

――他の芸術分野でお好きなジャンルはありますか?
佐竹:展覧会を見るのが趣味なので美術系のものはジャンルを問わずいろいろ見に行きます。芸術分野とは違いますが、郷土資料とか民俗資料に興味があるので資料館や博物館に行くのも好きです。
きむらと:小説は移動中に読む、音楽は制作中に聴く、映画はよっぽど気持ちに余裕がある時にというくらいなのですが、人との関係性や思考に新たな可能性を感じる物語に出会うと喜びを感じます。
――制作中にかける音楽で、ここ最近のお気に入りはありますか?
佐竹:自分のApple Musicによると最近はGOING STEADY「BABY BABY」、AIR「さよならルララ」、ハンバートハンバート「岬」、くるり「愛の太陽」などをよく聴いているようです。好きな曲を繰り返し聴いている感じですね。地元にいた時に聴いていた曲や、親が車でかけていたフォークやニューミュージックなどを聴いて、懐かしさを感じるときに制作が捗るような気がします。聴くのは邦楽ばかりです。
きむらと:音楽よりもラジオをよく聴いています。制作中はあんまり考えすぎると良くないので人の話を聴きながら制作するのがちょうど良いです。
――制作の手順といいますか、技法を教えてください。
佐竹:高知麻紙に、岩絵具を正方形の点描で何層も塗り重ねるという方法で絵を描いています。画面全体を点の色面で埋め尽くしてから図像の輪郭を描き、色を塗り分けていきます。展覧会単位で作品を制作しているので、先に展覧会全体のテーマやコンセプト、作品サイズ、点数を決めてから、個々の作品をどうするか考えていきます。
――ということは、漠然と描きたいから描くということはないのですか。
佐竹:しっかりと決めてから描いています。漠然と絵が描きたいときはドローイングとか、落書きとかでもけっこう満足します。
――独特のもやもやした作風、線描きされた中をさまざまな色を重ね塗りすることで、表現しているのだと思いますが、この作風に至った経緯を教えてください。
佐竹:大学で教えてもらう基本的な日本画の描き方が自分には合わなくて、早い段階で諦めてしまいました。岩絵具を使って西洋絵画の描き方を真似したら何か新しいことができるんじゃないかと思って、ゴッホ、シーレ、ムンク、デュマスなどの真似を経て、スーラとシニャックのような点描に行き着きました。そのままの真似では意味がないと思ったので、正方形の点描で何層も塗り重ねるという現在の方法に少しずつ変化していきました。
――モチーフなどはどうやって選ぶのでしょうか。
佐竹:モチーフの選び方に関しては、こういうやり方というのはとくに決まっていないです。展覧会のテーマに合ったモチーフを選んだり、モチーフの面白さからテーマを決めていくこともあります。実際の画面の中では形と色が重要なので絵にした時にどういう見た目になるかイメージできるものを選んでいると思います。
――きむらとさんはいかがですか。
きむらと:描きたいものがある場合は、自分ができる技法で描くにはどうしたら良いか試行錯誤しながら決めていきます。先に線を描いたらいいのか色和紙は部分的に貼るのか全体に貼るのか、透けるくらい薄い和紙なのでどの順番で貼るのかなどです。それとは別に、最初からどういう絵にするか決めずにアクリル板にのせた絵の具(粋彩:松田油絵具製の水練り顔料)を何度も写しとって絵にする時もあります(出品作品の中で言うと「風景をさがして」)。色紙というより絵の具のシートを作るイメージで作成しています。
――透明感のある感じは、薄い和紙を貼っているのですね。
きむらと:パッとみると絵具で描いているようですが、貼っています。全部自分で画面を支配しようとすると絵が固くなってしまうので、どこまで偶然や無意識でできたものに任せるのか、そのバランスが今後の課題だと思っています。
――モチーフについてはいかがですか。
きむらと:風景や生活の中で見つけたもの、身近なものが多いです。学部生の頃はパネルに和紙を貼り岩絵具で絵を描いていたのですが、大学院生の頃から描き方が徐々に変化し続け、今の技法になりました。
――佐竹さんの作品で、川べりを歩いてそこで見たものをスケッチしたものがあったと思います。見るという行為の前に、歩くという行為があって、歩く中で発見したものをスケッチするという三段階の構造(歩く、見る、描く)がたいへん面白く感じました。歩くということについて、なにか明確なお考えがあれば教えてください。
佐竹:以前、前田さんにご覧いただいたGallery Yukihiraの個展「東京」では、東京の川・水辺をテーマにしていてネタ集めのために散策しましたが、普段は過去に訪れた場所を写真や資料で振り返ってアトリエで作品を構想していくことが多いです。「東京」で展示したドローイングも現地でスケッチしたものではなく、散策中に撮った写真に写り込んだものの中から面白いと感じたものをアトリエで描きました。散歩や歩くこと自体が好きというより、興味があるものを見るために歩いているという感じかもしれません。
――きむらとさんはいかがですか。散歩などはよくされますか? プロフィールに載せた文で「近所をふらふらと歩いていると何かと目が合う瞬間がある。それは動物だけでなく枝や石ころなどでも。これが散歩の醍醐味であり、私が描く絵の最初になる」とのこと。石と目が合うというのが印象的です。自分の視線が石にぶつかって返ってくるということでしょうか。
きむらと:自分の視線が返ってくると言うより、そのもの自体もこちらを見ていて、目が合うという方が感覚として近いかもしれません。散歩は趣味なので、毎日のように歩いています。私は佐竹さんと違って興味があるものを見るためというより、自分が何に興味があるのかを歩いているうちに知ることが多いです。とはいえ最近は歩いたり景色を見たりするよりも好きな風景に身体を浸すことが重要なのかなと思うようになってきました。
――気持ちのいい空間に身を置くということですね。旅行などはいかがですか。たとえばスケッチ旅行などはよくされるのでしょうか。
きむらと:この質問を頂き、全くした事がないことに気がつきました。旅行は制作のことを考えずに体感することを楽しんで、帰ってきてから写真を見ながら自分が興味あるものや描きたいものについて考えます。
――佐竹さんは、やはりプロフィールに添えた文に「現在は、旅先や地元で出会った景色、その土地にまつわる物語などをもとに絵を描いている」とのことですが。物語を絵にする場合と実際の風景を絵にする場合とでは、ご自身の制作態度になにか変化はありますか。
佐竹:ないと思います。実在する場所も架空のものも絵にするときは全部同じ感覚で制作しています。モチーフやテーマが違っても、形と色で描いていくという部分では同じだと思っています。

美術教育への関わり、そして生活の中に自分の絵を!

――もしこれがないと困るといった、和紙、筆などがあれば教えてください。(たとえばですが、イタチの毛の面相筆がないと仕事にならない、とか、スケッチブックはこれを愛用しているとか)
佐竹:どれもなくなると困りますが、平筆は種類が多いので日本画筆、水彩筆、デザイン筆とかなりの種類を試しました。今はホルベインの水彩用リセーブル500HとナムラのPCセーブルを使っています。最近見つけた中里のAQACRYLもいい感じです。高知麻紙は製造元の尾﨑製紙所から取り寄せています。
きむらと:”粋彩”がないと本当に困ります。粋彩は顔料がしっかりと水練りされているので乾いた時に粉っぽさがなく、膠以外にもアクリルやアラビアゴムなど接着剤を変えることによって様々な使い方ができる優れものですので、ぜひ使ってみてください。
――佐竹さんは作家業を続けながら、学校の先生もされていますね。
佐竹:奈良市にある関西文化芸術高校での常勤講師と、京都芸術大学 通信教育部 日本画コースで非常勤講師として勤務しています。
――学校の先生って、たいへんじゃないですか?
佐竹:大変ではないというと語弊がありそうですが、高校の教員はやりたいと思って今年度から始めた仕事なのでとても楽しく働いています。体力的には疲れますが。作家として制作と発表を続けながら、美術教育にどう関わり続けていくかというのがこれからの人生の大きなテーマだと思っています。
――今後やってみたいことなど、計画があれば教えてください。
佐竹:地元高知県四万十市での個展です。数年のうちに実現したいと思っています。
きむらと:自分の絵を他の媒体で使っていただくことが目標です。本の装丁や挿絵、紙ものや雑誌など。生活の中にあるものに自分の絵が印刷されることを目指して活動しています。
――最後に、365カフェでの作品展にいらした方にメッセージをお願いします。
佐竹:くつろぎの時間に、窓の外を眺めるように作品をご覧いただけると嬉しいです。
きむらと:お越しいただきありがとうございます。カフェで過ごすひとときと一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。

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