小林野々子展 
森のおくの そのまたおくへ 
2022.10.29[土]-12.14[水]

【第13回】小林野々子展 森のおくの そのまたおくへ

画家。長野県長野市生まれ、長野市在住。

【主な作品展】

2010 個展(cafeMAZAKOZE/長野市)
2010~2013 nagano art file 展(art space flatfile/長野市)
2012 NAGANO新CONSEPTUS(山ノ内町志賀高原ロマン美術館)
2013 個展 月あかりとシメリケの国(飯山市美術館)
2015 個展 小とりの宿シメリケの森食堂(小とりの宿/長野市)
2017 個展 景色の向こう側へ~四季の軽井沢~(からこる座/長野市)
2018 グループ展  Funky African 展(図書館ギャラリーmazekoze/長野市)
2019 個展 小林野々子作品展(図書館ギャラリーmazekoze/長野市)
2020 二人展 荻原夏子 小林野々子  紙を漉く人 絵を描く人 展(図書館ギャラリーmazekoze)
2021 topos public 2021 1月~3月「湿った土と落ち葉の匂い」@医療法人北島眼科クリニック
2021 個展 topos高地 シメリケとツチクレ(欧風家庭料理店「アリコ・ルージュ」)

【主な仕事】

[印刷物]
2015 すまいの手引(新建新聞社)挿絵担当
2015 統計から読み解く都道府県ランキング(新建新聞社)挿絵担当
2016 保険保養地130周年記念誌(軽井沢町勢要覧2016)挿絵担当
2017 信州の縄文時代が実はすごかったという本(信濃毎日出版社)挿絵担当

おいでおいで

こっちへおいで

瓢箪怪獣

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深い森の奥では、鳥や獣や虫たちがひっそりと息をひそめ、光の届かない闇の中で、妖精たちが楽しく暮らすのを眺めている。そこは人間には見えない異次元の空間。時空のねじれが細い山道をメビウスの輪のようにくねらせ、奥へ奥へと進んでいるようで、いつしか元の所に戻ってしまう。だから誰も森の奥の真の姿を見ることはできない。見ることが許されるのは森の使者だけ。そう、小林野々子さんは、深い森から遣わされた使者なのだ。われわれは、小林さんの絵を通じて、夜の森を見、森を感じて、森を楽しむことができる。登場する精霊の名はシメリケという。神秘的で静謐で、けれどもそこは無音ではない。作品からいろいろな音楽が聴こえてくるような、そんな小林野々子ワールドをぜひお愉しみください。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)

■自然の中にある見えないモノを描きたかった

―― 最初にズバリ、伺います。精霊シメリケとはなんでしょう。
〈小林〉「湿り気です」と答えたりしています(笑)。でも本当は、幻想風景みたいな物をたくさん描いていたとき、何か絵に説得力が無いと思って、生き物を登場させようと思って生まれました。シメリケが登場してから自分も描きたいモノがはっきりした気がします。見る人もより想像しやすくなったかなと思います。
――シメリケが先導してくれて、小林さんが描く森の中が、確かにわかりやすくなっているかもしれませんね。ところで長野県長野市生まれとのことですが、子どもの頃から、森はすぐ近くにあったのでしょうか。
〈小林〉 ちょっと車を走らせれば山に行けるのが長野の良さだと思います。山に囲まれていて安心します。
――どんな子ども時代だったのでしょう。
〈小林〉 一人遊びが得意でした。保育園の頃から絵ばかり描いていて、毎日保育園の黒板いっぱいに絵を描いて、それを先生が毎日きれいに消してくれていたそうです。
――先生も毎日たいへんですね(笑)。
〈小林〉 小学生の頃も、絵を描くか本を読むかという感じで、夏休みも誰とも遊ばず、友達の誘いも断ってしまうので母は心配して図書館の司書さんに相談したりしていたみたいです。
――相談されてどうだったのでしょう。でも、ずっと絵を描いていられるのは、かなり集中力があったのだと思いますから、いいことなのではないでしょうか。確かに親は、他の子と遊ばないと心配しますが。
〈小林〉 夢中になれることがあるのは何よりの財産だ、というような事を言ってもらえたそうで、母は安心したみたいです。
――学校で、得意な学科は何でしたか?
〈小林〉 図画工作です。
――では嫌いな学科は?
〈小林〉 美術以外は全然出来なかったです(笑)。
――そういえば長野県は教育県として知られていますが……。
〈小林〉 そう、教育県って言われていましたよね。でも私は勉強が嫌いだったのでその辺りの実感は無いです(笑)。
――絵はどちらで学ばれたのですか。
〈小林〉 色々な技法だとかの基礎は通信教育で、後に出版社がやっているイラストレーター養成塾に2年通いました。
――今の作風を確立されたのはいつ頃でしょうか。
〈小林〉 描きたいテーマみたいなものはずっと変わらなくあって、自然の中にある目には見えないモノを描きたいと思っています、湿った落ち葉の匂いだったり、何かが居そうな気配だったりとか。2016年に「軽井沢町勢要覧」の挿し絵を描いた事があって、その時に森を沢山描いて、木々の中や葉っぱの重なりの中に見えるモノを描く事が楽しくなりました、描きたい気持ちにテクニックがついてきた感じがするのがその頃です。
――「軽井沢町勢要覧」はずいぶん豪華というか、まるで絵本のように小林さんの絵がふんだんに使われていますね。制作はたいへんだったのではないですか。
〈小林〉 そうですね、時間はかかりました。軽井沢の自然の中にある目に見えない魅力、がテーマだったので、私の表現したいテーマと重なる部分がたくさんありましたし、かなり自由に描かせて頂いたのでとても楽しく描けました。

■尊敬しているのはおばあちゃん

――描くうえで、いつも心がけていることってなんでしょう。
〈小林〉 絵の中の曲線が気持ちよく重なる事と、バランスは気を付けています。
――では、一番こだわっているのはどういった点でしょうか。
〈小林〉 曲線が気持ち良い事と色です。
――森の木の枝や生き物たちの柔らかな曲線が魅力的です。色も深く落ちついていますね。全体にうっすら白っぽく見えて、透明感があって素敵です。これはどのようにしているのでしょう。
〈小林〉 白の絵の具はたくさん使いますね、ひかりとか空気の流れみたいなものを描きたいなと思うので、暗い部分と明るい部分のバランスに気を遣います。薄く溶いた白でバックが透ける様に塗って透明感を出します。
――がらりと質問を変えますね。尊敬されている方はいらっしゃいますか。
〈小林〉 おばあちゃんです。
――どんな方なのでしょう。
〈小林〉 母方のおばあちゃんで木曽の開田村に住んでいました、今は病院に入ってしまっていますが若い頃は田んぼ、畑、牛、に林業もなんでもやる人で、山の中で自然と共に生活していました。私は木曽の林業高校を出ているのですが、その時に一年半一緒に暮らしました。おばあちゃんとの思い出やエピソードは有り過ぎて語り尽くせないんですが、かけがえのない記憶です。
――まさに自然との共生を、おばあちゃんと一緒に身をもって体験されたわけですね。羨ましいです。それでは、お好きな画家の方はいらっしゃいますか。
〈小林〉 ドゥシャン・カーライが好きです、絵の中の要素はとても多いのに全く重く感じない、毒気があって、見るたびに発見があるのが好きです。
――ドゥシャン・カーライはスロバキアの画家で重層的な作品を描く方ですが、全体に白く靄がかかったような雰囲気は、小林さんの作品に似ています。一枚の絵の中にさまざまな物語を感じさせてくれるところも小林さんの作品に通じるものがあるのではないでしょうか。私が最初に小林さんの作品に出会ったのは、長野県のレストラン「アリコ・ルージュ」での個展の時でした。見た瞬間に気に入り、同時に宮沢賢治の童話を連想しました。ドゥシャン・カーライは、日本でも「不思議の国のアリス」の挿絵などで知られていますね。宮沢賢治の童話は単にファンタジーではくくれない深遠さがありますが、童話世界をモチーフに描くというのはいかがですか。
〈小林〉 描きたいですね、お話を考えるというより物語の断片のようなものを想像して描くのが多いので、宮沢賢治も含め、ファンタジーとか物語の本は子どもの頃からたくさん読みましたから、根底にそういうものがあると思います。
――物語といえば、小説家ではいかがですか。
〈小林〉 ずっと変わらずに好きなのは、レイ・ブラッドベリです。「10月はたそがれの国」や「太陽の金の林檎」は、どちらも大好きな短編です。
――「10月は~」の方は幻想的というかホラーっぽい短編が、「太陽の~」はSFの要素が入った詩的短編がたくさん入っていますね。どういうところに惹かれましたか?
〈小林〉 ブラッドベリは叙情詩人と書かれていたりするんですけれど、全くその通りで、物語のなかにこれでもかと比喩表現が出てくるんです。それに色んな物事を象徴的に描くんですが、はっきりと悲しい、とか嬉しいとかは書かないで読む側に想像させる書き方が大好きです。想像力を掻き立てられます。
――ブラッドベリといえば、「たんぽぽのお酒」をずっと前に読んだとき、イリノイ州の夏は、なんてキラキラしているんだろうと思ったことがあります。しかし日本の、特に都市部だと見回しても家ばっかりで森も草原もない……(笑)。これじゃ、自然をテーマにした、そこに居るだけでワクワクするような物語は生まれようもないのではないかと思ったりしました。小林さんの絵を見ていると 一枚の絵の中に深い物語を感じます。制作は、どのような手順で行われているのでしょうか。
〈小林〉 初めにイメージをなんとなくスケッチします。ほんとに簡単に、ここに木があって、こんな感じの曲線がある、みたいな。で、全体の色と明るさをイメージして、本番を描き始めます、スケッチの段階では完成したらどうなるか分かりません。描きながらどんどん膨らませていって、絵具のにじみや色の重なりの中に見えたモノを描き出していきます。偶然の発見みたいなものが好きで、それを発見するために描いている気がする時もあります。
――もう少し詳しく教えてください。たとえば色を重ねてゆくうちに、何かがそこに現れるということでしょうか。ひょっとして精霊のシメリケもそうやって生まれたのですか。
〈小林〉 色んなパターンがあるんですけど、シメリケはその時に描いていた絵の中に水たまりみたいなものがあって、そこに立ちのぼるような蒸気を描いた時に生き物に見えて、それがシメリケになりました。雲を生き物にたとえるのと似ています。自然の風景の中にもたくさん不思議な生き物が潜んでいますよね。木が怪獣に見えたり、笹が幽霊に見えたり、視点を変えると違って見えるのが楽しいです。
――野山でスケッチなどもされますか。
〈小林〉 しないですね、でも今の家は野山に居るのと変わりないです(笑)。山に囲まれていて庭と畑があります。出不精なので山に引っ越したと言っても過言では無いです。
――制作にはもってこいの環境ということですね。

■自然はすぐ側に、あたり前にあるべきだ

――毎日のルーティンについて、さしさわりのない範囲で教えてください。
〈小林〉 朝は6時過ぎに起きて弁当と朝ごはんを作って旦那さんを送り出して子どもを保育園に送って行きます、週3日は仕事をしているので制作に当てる時間は週2日、9時半頃〜16時頃までです、それでも制作時間が足りない時は子どもを寝かしつけた後、数時間描きます。
――制作中に音楽をかけていますか?
〈小林〉 大体かけています、無音も好きですが。
――どんな音楽を聴いていますか?
〈小林〉 最近はテンパレイです。
――バンドのメンバーのひとり、AAAMYYYは長野県出身ですね。どんなところがお好きなのでしょう。
〈小林〉 語感と語呂の合わせ方が絶妙に好みなんです、そこに中毒性のあるメロディとボーカルの声が合わさって、好きです。
――アクリル絵具を使っていると思いますが、それはなぜでしょうか。
〈小林〉 描く画材によります。キャンバスや板の場合はアクリルで、でも手漉きの紙に描くのが一番好きで、その時は必ずガッシュで描きます。でも手漉きの紙に描くのは凄く時間がかかるんです、なので最近はキャンバスにアクリルが多いです、それぞれ画材の良さがあると思います。
――今回は立体作品もあります。この瓢箪怪獣は、原材料は瓢箪なのでしょうか。昔は東京の家の軒先にも瓢箪がぶら下がっていたりしましたが、最近ではほとんど見かけないです。どのような手順で作るのですか?
〈小林〉 瓢箪の元々の形を活かして作っています、足や角は流木を使って、目は草の実の数珠玉やウッドビーズです。瓢箪の加工はなかなか手間がかかります。春に種を蒔いて秋に収穫した後、中綿と外皮を腐らせるために1ヵ月水に漬けます。その後きれいに洗ってから匂いを取るためにもう一度きれいな水にしばらく漬けておきます。それが終わって、よく乾燥させてやっと加工できます。
――小林さんの絵の世界から抜け出して来たかのような可愛らしさがありますね。瓢箪自体もご自身で植えて育てられたものだったとは! ところで、絵画制作や立体物の制作とは別に、小説というか物語を書かれたりはしますか?
〈小林〉 断片的になら絵を描きながら考えたりします。でも完結するようなちゃんとしたお話ではないです。
――旅行はされますか? 他と比べて長野のいいところはどこでしょう?
〈小林〉 そんなに沢山は旅行してきてないですが、長野のいいところは自然が近いところかなと思います。
――東京や大阪など、都市について思うことは?
〈小林〉 どんな角度から見るかによりますけれど、単純にたまに遊びに行きたい場所です。
――どんどん聞いてゆきますね(笑)。長野の食べ物でお薦めはありますか?
〈小林〉 フルーツ、蕎麦。
――お蕎麦、美味しいですよね。フルーツは、りんごですか?
〈小林〉 りんごも、ぶどうも。でも一番はワッサーです
――ワッサーってなんでしょう。
〈小林〉 桃とネクタリンが自然交配して出来た果物で、多分ほとんど長野県内でしか出回らないのかもしれないです。甘さが優しくて歯ごたえがあって美味しいんです。
――食べたことがないので、機会があったらぜひ食べてみたいです。美味しい物を食べに長野に行くのもいいですね(笑)。長野を観光するとしたら、お薦めは? ここは必ず行った方がいいという場所はありますか?
〈小林〉 木曽は凄くお薦めです。開田村、寝覚の床、赤沢自然休養林、阿寺渓谷も……いいところばかりです。
――子どもたちのために、未来に残したいことは、どんなことでしょうか。
〈小林〉 自然環境と、その中で暮らす人々、かなと思います。普通の生活の中で五感を使って感じ取る事が減っていると思います、自然体験がお金を払ってするアクティビティになってしまっているのは悲しいなと。わざわざ行って体験するものではなくもっと当たり前に側にあるべきだなぁ〜と、山に近い場所で暮らして子育てしている私は思います。
――最後に小林さんの作品をご覧になった方にメッセージをお願いします。
〈小林〉 作品を見てくださってありがとうございます。楽しんでいただけたら幸いです。

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企画:編集プロダクション 株式会社サンポスト