三田宏行 版画展
munasawagi 2022
2022.9.16[金]-10.27[木]開催

【第12回】三田宏行 版画展 munasawagi 2022

1947年 大阪府堺市生まれ、版画家。

【主な受賞歴】
2019年 日本板画院(サクラクレパス賞)、アワガミ国際ミニプリント展(審査委員長賞)
2017年 南島原市セミナリヨ現代版画展(JA島原雲仙組合長賞)、日本板画院(新日本造型賞)
2002年 川上澄生木版画大賞展(準大賞)

【主な出品歴】
日本版画協会、国画会版画部、あおもり版画トリエンナーレ、 ふくみつ棟方記念版画大賞展、東京国際ミニプリントトリエンナーレ2005、京都国際木版画展、南島原市セミナリヨ現代版画展 、日本板画院、CWAJ現代版画展(アメリカンクラブ・神戸)、飛騨高山現代木版画ビエンナーレ、国際木版画展(東京芸大)、山本鼎版画大賞展(長野)、 アワガミ国際ミニプリント展(徳島)、TKO国際ミニプリント展(東京・京都・大阪)、国際木版画展(奈良) 他

【主な個展】 ギャラリー真音(西荻窪)、新宿西口プロムナードギャラリー、望美楼ギャ ラリー(目白)、酒井好古堂(横浜)、GINZA ITO-YA(銀座)、トリプレット (南青山)、ギャラリースペースパウゼ(飯田橋)、ギャルリ・サンク(奈良) 、ギャルリ志門(銀座)、藤影堂ギャラリー(奈良)

【所属】
(社)日本板画院(社)日本版画協会

むなさわ木(Nov.)

むなさわ木(冬)

うおごころ

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子どもの頃、朴の木の板に絵や文字を彫り、それを版にして年賀状を刷ったという方も多いのではないでしょうか。筆で描くのとはまた違った味わいが、そこに生まれたように思います。日本の木版印刷は、百済からもたらされた経木木版を刷った文字印刷が始まりといいます。現存する印刷物で世界最古というのが、770年に法隆寺に納められた仏教経典「百万塔陀羅尼(ひゃくまんとう・だらに)」なのだとか。ちなみに木版画には大きく分けて板目木版と木口木版の2種類あります。板目木版というのは、木を繊維の方向に縦に切り出した板目板を版にしたもの。浮世絵をはじめ、学校で習う版画はたいてい板目木版です。それに対して木口木版は、木を水平に切った断面を版にしたもの。今回登場するのは、木版の中でも高度な技術を要する木口木版の俊英、三田宏行さん。一見、銅版画とも思える極細の線を、木版画で描き出していて、その重厚さに圧倒されます。静謐にして深遠なる三田版画の世界をぜひお愉しみください。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)

■彫るのが大変だからこそ、面白い!

――木口木版の作品で使っている版木の材質は何でしょうか。
〈三田〉 黄楊(つげ)の木を輪切りにし、その断面を磨いて使っています。面はきめ細かくて硬いため、繊細な表現に向いています。
――木口木版をやられている方はかなり少ないと思います。硬いから彫るのがたいへんではないですか?
〈三田〉 そこがいいんです(笑)。
――硬いところが?
〈三田〉 細かく彫っていきますが、細かすぎてイライラするところとウマが合いました。実はイライラしないというか、イライラが好きなんです。
――ふつうはイライラしたくはないです(笑)。2つの道があれば楽な道を選びますが、三田さんはあえて苦難の道を選ばれた……と。
〈三田〉 本当は物臭なはずなんですが。苦難の道は面白い!
――素材の特徴を教えてください。
〈三田〉 柘植の木は非常に硬くて粘りがあります。その上、木口なので均一です。いくら細かく彫っても崩れることはありません。材料から触発され、細かく細かく線の勢いを残して何かに取り憑かれたように彫り続けて、疲れたところで一休みです。
――彫刻刀は何本くらいお持ちですか。
〈三田〉 ビュランを7、8本で、その内、いつも使うのは2、3本くらいです。
――ビュランというのは、板目木版などで使う三角刀や丸刀と違って、四角柱を斜めに切って尖った先のような刃先ですね。これじゃないと、つまり三角刀などでは、木口は彫れないのでしょうか。
〈三田〉 ビュランには「刃」がありません。板木が硬いので刃がすぐこぼれます。ビュランにも3本・6本の線を同時に彫れるもの、広い面積をさらう道具もあります。
――どんな紙に刷るのでしょう。何か特定の紙やインクはありますか?
〈三田〉 木口木版の場合は、雁皮紙という薄い和紙に刷ります。インクはリトグラフ用と銅版画用のインクに、インクドライヤーという乾燥促進剤を混ぜています。
――インクの調合ひとつ取っても、作者の個性が出るのでしょうね。木口木版をされている方は、みなさん、インクは各種混ぜているのでしょうか。
〈三田〉 粘り気のあるリトグラフ用、拭き取りやすくできている銅版画用、ドライヤーが基本で、版の大きさ・紙の厚さ・刷る量・気温・その時の気分で調節します。木口木版画は板目多色木版画と違ってこの油性インクがポイントになります。
――まるで銅版画のようですね。
〈三田〉 木口木版画の作家は銅版画を制作している方が多いです、インクと道具(ビュランによるエングレービング)が同じです、凸版と凹版で違いますが。
――単色の作品だけでなく、微妙な色が付いた作品もあります。これはどのように色付けされているのでしょうか。色の部分は、紙にあらかじめ色を塗っておいて、その上から摺るのでしょうか。
〈三田〉 木口や板目で別に色版を作って見当合わせで多色版画にする人もいます。手彩色と言って版を作らずに水彩絵の具で着色したり、パステルで裏から色付けする人もいます。木口木版画は、元々ヨーロッパの活版印刷で写真が誕生する前に文字以外の絵やイラストを線で彫って組み込んだものです。なので墨一色で線にこだわる人が多いです。

■強烈でかつ趣のある作品を目指して

――1947年生まれというと、終戦後2年目。東京もそうでしたが、堺市も45年に大空襲に遭っています。戦後復興といっても周囲はバラック小屋が多かったのではないかと思いますが、どんな子ども時代だったのでしょうか。
〈三田〉 ひたすら虫を追いかけていました。
――どんな虫を? 当時は昆虫採集キットなども駄菓子屋で売っていましたね。
〈三田〉 私はモンシロチョウを追いかけ、ショウリョウバッタを捕まえてコメツキバッタごっこして、ギンヤンマが舞う空を眺めていました。
――思えばのどかな生活で、今よりずっと自然が身近でした。そんな中、版画を始められたきっかけはどういったことだったのでしょうか。
〈三田〉 始めたという意識はなくて絵を描くことの一部でした。小学校の図工の授業で木版画があり、自分はさっさと仕上げて先生のそばで他の生徒の作品を摺る役をやっていました。
――絵がお好きだったのですか。
〈三田〉 図工と体育が得意でした
――木口木版を最初に始めたのは、いつのことでしょうか。
〈三田〉 2004年です。
――何か木口木版との運命的な出会いはありましたか?
〈三田〉 美術館で木口木版の講座を受けました。
――木口木版のことばかり伺っていますが、版画全般についてはいかがでしょう。
〈三田〉 版画はもちろんですが、美術全般が好きです。ことに木版画は、油性インクの強さが染み込み、水性絵具の粒が紙の上に定着する。そしてバレンやプレス機で紙を版木に圧着させる。この版画独特の制作方法に、その豊かな表現を追い求めています。そして間接表現のストレスをエネルギーに換えて、強烈で趣きのある画面を作り上げることを目指しています。
――美術館での講座の後で、さらにどなたかに習ったのでしょうか。
〈三田〉 美術館の創作室で銅版画のグループにも参加してました。その時、三塩佳晴さんが講師をされていまして10年ぐらいお付き合いさせていただきました。
――版画単体だけではなくて、コラージュ作品もありますね。重層的で実に奥深い味わいです。これはどうやって作るのでしょうか。
〈三田〉 刷り上がった版画を一旦バラバラにして再構成し、また別の画面をこしらえます。木口木版の版木は硬いので、彫ってしまえば丈夫で摺りやすいんです。大量に摺り置きし、イメージを膨らませて下絵と下地を作ります。その上に版画を切り抜いて貼ってゆく。この作業はとても楽しくて、頭の中は爽やかになり、童心に戻ります。
――摺った紙という物質があるから、置いたときに出来上がりが即座にわかる。それもいいのかもしれませんね。
〈三田〉 ええ。雁皮紙を重ねて貼って、また水をかけて糊を溶かして剥がす。そしてまた貼るという作業を繰り返してゆきます。大きさは自由、イメージは無限……至福の時間があっという間に過ぎてゆきます。

■散歩をしながら次のモチーフを得る

――話は変わりますが、趣味はなんでしょう。
〈三田〉 散歩です。毎日はしていませんけど。
――散歩というと近頃では健康のためのウォーキングを真っ先にイメージしますが、そういったことより、ぶらぶら散歩の方でしょうか。それは単に運動を兼ねてですか?
〈三田〉 いえ、考え事をしているときにたまたま外で足が動いてて、散歩かと(笑)。散歩で目にする公園の木が、作品のモチーフになっているのです。
――どんな格好で散歩に行かれるのでしょう。スケッチブックなども持って行くのでしょうか。具体的に教えてください。
〈三田〉 スケッチブック・水彩絵の具・鉛筆・色鉛筆・手帳・ケータイを入れたリュックを背負い、帽子をかぶっています。
――制作は、実際に木口の板木を前にしてではなく、それ以前から始まっているのですね。
〈三田〉 はい。木口の板木を前にした時は創作の後半です。描き溜めた雑記帳から主題を選びます。それからラフスケッチをし、形をさぐり整理して、彫るところ、残すところをイメージします。木口木版は細かいので、原画を大まかに写して彫りながら進めてゆきます。

■彫るうちに別のイメージが出現して

――版画家で特にお好きな方、理想とされる方はいらっしゃいますか。
〈三田〉 萩原英雄、清宮質文です。
――萩原さんは油絵を描いていて、彼も結核で療養中に独学で木版画を始めていますね。現代抽象版画の第一人者といわれていますが、どういった部分に強く惹かれるのでしょうか。
〈三田〉 こだわり抜いたマチエールです。清宮さんは静謐な画面に見える精神性です。
――作品の中には、たとえば、「うおごころ」など、エッシャーの作品を思い浮かべてしまいました。素材を得て、それをどのように発展させているのでしょうか。特に作品の中に、だまし絵的な要素を入れようとしたり、ということはありますか?
〈三田〉 彫っている最中にイメージが湧き、また別のいろいろなものが現れます。それを彫ったりします。
――これからこういうことをやってみたい、ということはありますか? 版画に限らなくて結構です。たとえばスペインに行って、洞窟に絵を描きたい、でも(笑)。
〈三田〉 森で木を伐採し、切り口を磨いて仏像を彫り、墨を塗って和紙に摺るとか……。屋外で木口木版画をやってみたいです。最後に和紙を湿らせ、さっき切った先の方を切り口に戻します。カスガイを周りに打ち込みます。作品は自然とともに残ります。
――雄大ですね。でもまず自由に使える森を買うことから始めないといけないかもしれませんね。最後に展覧会をご覧になった方へメッセージをお願いします。
〈三田〉 たまに左手で彫りますが思うように進みません。そのストレスが神経を昂らせ、斬新な線を生み出します。たまにお酒を飲みながら彫りますが思うように彫れません。でもそこから面白い作品が生まれる時もあります。自由にイメージを膨らませて手がけた作品を、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。

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