井上りか子 作品展 
TO MY SILLY GOOSE
2021.10.7[木]-11.16[火]開催

365cafe art gallery 特別インタビュー

【第4回】井上りか子さん

【略歴】
1997年 東京都生まれ
2021年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻卒業
【主な個展】
2020年「悲しみにくちづけを」 /LOKO GALLERY(東京)
2019年 個展「シュランムフィッシュ」/GALLERY b. TOKYO(東京)
2018年 個展「暗黙知」/Hammock cafe(東京)
【主な受賞歴】
2020年 第9回FACE2021 椿玲子審査員特別賞
2019年 第55回神奈川県美術展 大賞
2019年 第37回上野の森美術大賞 入選
2018年 第47回シェル美術賞 藪前知子入選
2018年 第20回雪梁舎フィレンツェ賞 佳作

笑えるうちに笑っておけよ

習慣的な気持ち

なにかの手ざわり

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今回は喫茶店という空間の制約上、小さめの作品しか展示できませんでしたが、井上りか子さんが本領を発揮するのは、100号くらいの大きな作品。まず思い浮かぶ言葉は、「自由奔放」。筆致が実に伸びやかで、溢れるイメージを素早くキャンバスに定着させた作品には、力強さが漲っています。その一方で、小さな人(動物?)がたくさん登場するインスタレーションもあり、静と動、個と群がせめぎ合っていて見飽きることがありません。今年美術大学を卒業したばかりとまだ若いこともあって、この先がとても楽しみなアーティストのひとり。日々、どのように制作に臨んでいるのか、将来についてなど、インタビューで深彫りしていきたいと思います。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)

■理不尽さや愛など、この世の事象に反応して制作する。

――どんな生活ですか? って、いきなり聞かれても困りますよね(笑)。会社員だと通勤するときはもちろん、在宅勤務であっても朝は決まった時間に起きて、仕事を始めます。アーティストの場合はどうなのでしょう。
〈井上〉 朝起きる時間はまちまちです。一時期21時に寝て4時に起きるというのを試したことがあったのですが、一週間続けたら夕方バイトから帰ってそのまま倒れて次の日の朝まで眠ってしまってから止めました(笑)。習慣を決めるのが性格に合わないみたいで、朝は目覚ましをかけないで自然に起きるようにしたり、日替わりでコーヒーと紅茶、飲みたい方を飲んだり気ままにしています。普段から自分がその瞬間何がしたいのか、何が欲しいのかになるべく従うようにしていて、時間には縛られないようにしています。その方が自分の感覚に敏感に、そのときに何をやれば一番よいか、集中して質の高いことができるかがわかるようになる気がするので。
――以前、プロボクシング元世界チャンピオンの輪島功一さんにインタビューしたことがあって、その際、ランニングは決まった時間に行うのかという質問をしたら、「あえて決めない」って言われました。体調はその日によって違うのに、決まった時間に走ると、それだけで「済ませたことになってしまうから」って。その日、そのときの自分の感覚に敏感になるってことが大切なんですね。
〈井上〉 そうですよね。自分にとってとても大切なことを、「大切だからやらなきゃいけない」という観念でやっていると、それは自分が本当に「やりたいこと」だったことを忘れてしまうんじゃないか、という恐れもあります。「やらないという選択肢」を持ちながらも、それでもやりたいからやっているんだ、ということを忘れないようにしたいです。一日の流れはざっくりというと、起床、朝ごはん(朝ごはんは必ず食べます)、家事、水やりなど一通り済ませてから制作しています。展示の直前は夜まで作業したりもしますが、普段、夕飯以降は本を読んだり映画を観たりしています。
――水やりというのは……。
〈井上〉 植物を育てているんです。ベランダで今年育てたのは大葉、ニラ、ネギ、トマト、ナス、ゴーヤ、ピーマン、シシトウ、バジル、オクラ、です。ずっと野菜を育てたいと思っていたんですが、大学が忙しかった上に、毎年定期的に旅に出たりしていたせいでできなくて……今年は時間もある上にどこにも行けないので念願かなって、です。収穫はまあまあできていますが、正直、対価を考えるとスーパーで買うのと変わらなかった気もします(笑)。来年は今年成功したものをまた挑戦したいと思います。ただ、毎日目に見えて変化していく緑を見るのは本当に楽しかったです。他にも観賞用の植物をたくさん育てていて。ちょっと増えすぎて置く場所に困っているくらいなんですが、素敵な植物を見かけると買うのをやめられなくて大変です。
――なんと健康的な(笑)。アーティストというか作家というと、どうしても太宰治や坂口安吾みたいにいつも酒を飲んでいるイメージがあって、破天荒な感じがどこかするのですが、健康じゃないと作品制作に集中できないですね。そういえば、60年~80年代くらいの文学がお好きと伺いましたが。
〈井上〉 安部公房、村上春樹、筒井康隆、サリンジャー、フィッツジェラルド、ミヒャエル・エンデ、谷川俊太郎、寺山修司、ヘミングウェイ、その年代ではありませんが、宮沢賢治、ドストエフスキー、サン・テグジュペリなどでしょうか……。
――安部公房の『砂の女』みたいに、もし砂の壁に囲まれた土地に隔離されたら、何をしていますか? やっぱり絵を描いている?
〈井上〉 どうなのでしょうか。私の発想や表現の動機は、この世界(私が認識している範囲の)に端を発していて、中でもさまざまな対立や矛盾、数えきれない出来事の複雑さの中にある理不尽さや悲しみ、愛などに反応しているのです。それらと断絶された状況に置かれたとすれば、世界とつながる必要も、今感じている何かを感じることもなくなると思うので、絵を描く必要はなくなる気はします。
――現実での葛藤が制作につながるわけですね。それでは、井上さんにとって、絵画と音楽、絵画と文学の関係は?
〈井上〉 絵画と音楽は……「リズム」ですかね。あまりうまく言えないのですが、いい作品や音楽は、何かしらの「リズム」が感じられる気がします。もちろんそれぞれ色々な種類のリズムがあるのですが……。「流れ」とも言える気がします。なので音楽を聴くことは好きです。作業中に聴くかどうかは気分と作業の内容によります。作業が単純作業だったり、絵を描くときでも意図的に頭を使わないようにしていたいときには音楽をかけます。最近、決まったアーティストを聞くことはないのですが、だいたいオルタナティブ系というんでしょうか……を聞いています。それよりも怖い話を聞くことの方がおそらく圧倒的に多いです。よく人には驚かれるんですが……。怖い話ってどれも同じような話に思えて実はそれぞれ細かく違っていて、いろんな人の人生のある瞬間だったり様相を垣間見ているようで面白いです。訳ありな人たちもよく出てきますしね(笑) 。適度に面白く、適度にどうでもよくて作業用としてちょうどいいです。
――怖い話を聞いたら、部屋の隅に何かいるのじゃないかと気になって、かえって制作どころではなくなるように思いますが(笑)。では、絵画と文学については?
〈井上〉 私がもし言葉を扱う才のある人間だったら文章を書いていたと思います。でも残念ながら、私は言葉を直接的に、道具としてしか扱えなかったので絵を選びました。つまりある思いや出来事を伝えたいと思った時に、言葉では拾いきれない部分のことを思うと手が止まったり、正確なニュアンスが出せないことがとても不自由に感じてしまうんですね。絵で全てを伝えられるかというともちろんそんなことはないのですが、言葉がよりクリアな分、その不甲斐なさが露呈してしまって……。それに比べ絵は私にとって、自分でも明確な考えや感情として掴みきれない胸の内を表すのに、少なくともどこか偏った見方や物言いをしなくていい方法としてよりしっくりきています。ですがその一方、あくまで言葉にしきれないことについて表現しているからといって分析を怠り、見方を全部委ねるのは鑑賞者にも絵に対しても無責任な気がしているうえ、複雑な思いや感情が制作の動機となっていることもあり、絵の中に⼊っていく⼿がかりとしてタイトルをつけるようにしていて、その際に文学の言葉を参考にしています。
――確かに、考えられたタイトルがあると、さらにそのタイトルと呼応して、作品に深く入っていけますね。
〈井上〉 例えば今回の展示のメイン作品の「笑えるうちに笑っておけよ」というタイトルはチャールズ・ブコウスキーの『死をポケットに入れて』からの引用です。絵の左下に、頬杖をついてブスッとした女の子がいるのですが、私自身がその絵とその言葉を見比べたときに「おっ」と思ってしまいまして。なんというか、その女の子に私がそう言いたいような、その女の子に言われているような気がして。ちなみにモデルは友人なんですけれどね。結局は感覚なので無責任なのかもしれませんが、最低限できる範囲で、私の中でも、鑑賞者の中でも、ある落とし所をつけたいと思ってタイトルをつけています。以前指摘されて気づいたのですが、私が知らず知らずのうちに集める言葉は、どこか皮肉だったり、悲痛だったり、少し湿っぽいことが多いようです。おそらく私の本質なのでしょう。ただ、それをそのまま絵にするのは天邪鬼な私にとってつまらないので、カラッとそう見えないように絵柄は一見ポップに見えるように意識したりもしています。ある意味強がっているのかもしれません。それをまたタイトルで、グッと現実にひきつける。言葉と色や形、線、という、使うものが違うだけで、文学が表したい物事と私が作品を通して表したいことは同じだと感じています。
――ブコウスキーも読まれるんですね。幅広い! ところでさっき、夕飯の後に映画をよく観るとおっしゃっていましたが。
〈井上〉 はい。大好きです。コメディから戦争ものまで幅広く観ますが、中でもホラーなオカルト、サイコホラー、スプラッターは特に好きです(笑)。
――昔、秋田に取材に行ったとき、18時くらいに仕事が終わってまだ夕食は早いかなと思って、映画館に入ったんです。大島渚監督の『愛の亡霊』。客席はガラガラで4人しかいなくて、冬で暖房の効きが悪くて寒くって、映画は怖いし……(笑)。ホラー映画でお薦めはありますか?
〈井上〉 『シャイニング』は絶対です。原作者のスティーブン・キングはキューブリック監督の演出に納得していなかったようですけど(笑)、私は「映画ってストーリーを展開することが目的なのではなくて、映画そのものが目的なんだ!」と感動しました。本当に、美しいの一言です……。他にも列挙しているとキリがありませんが、スティーブン・キング原作、キューブリック監督、『エクソシスト』、『シックス・センス』、『サスペリア』、ジョーダン・ピール監督、アリ・アスター監督、スプラッターといえばタランティーノ監督や園子温監督だし、ハンニバル・レクター博士シリーズや『ハッピー・ボイス・キラー』、ゾンビ映画は韓国のものに傑作が多いです。戦争もので2点だけあげるとすれば『ジョニーは戦争に行った』と『シンドラーのリスト』です。全然語りきれません……(笑)。

■自分の中にないものを持った人はただただカッケェーー!

――絵画制作を始められたきっかけは?
〈井上〉 祖母の影響で幼い頃から油絵描いていたのですが、本格的に勉強を始めたのは中学3年生の頃です。理系、文系と並んで芸術系というのがある中高一貫校だったんですが、高一での進路選択を意識して、自分が絵画に向いているかどうか確かめたく課外授業に参加し始めました。そのときやはりデッサンでもなんでも本当に楽しくて。モノの姿をそのまま写すっていうことだけで楽しかったんですね。そこで自分で言うのもなんです下手ではないことがわかったので、じゃあ美術をやってみようかなと徐々に覚悟を固めていきました。
――お祖母様も絵を描いていらした?
〈井上〉 はい。40代ごろから趣味で始めたそうです。花や静物、人物等を描いていて、70、80になっても新しい先生に習って新しい技法を習ったりしています。華道の先生だったこともありお花や植物には詳しく、その新しいナイフを使った技法で描かれたお花など、とても大好きです。私は覚えていませんが、私が2歳の時に初めて描いた油絵というのも残っていて。祖母の家に行くたびに好きなように描かせてくれて、絵の具を油で溶くこと、筆の洗い方、間違えた時の直し方、など基本なことを教えてくれました。小学校の夏休みの自由研究は毎回祖母の家で描いた油絵を持っていっていました。そもそもの「美術をやる」という発想そのものが、その経験に培われていると確信しています。
――具体的な制作について伺いたいのですが、たとえば井上さんの作品には、平面作品と同時に、インスタレーションもあります。この2つの関係を教えてください。
〈井上〉 私のインスタレーションは絵から発しています。そもそもインスタレーションって絵画から始まっていると思っていて、絵という2次元のイメージを壁に置くときに、絵というのはどこまでが絵なのかという問いから、初めは額縁、次に絵の縁、とどんどん拡張された結果だと考えています。なので、私の中で絵を空間に置きたい、展示したいと思ったときに、その絵がありたいと思うように置いていった結果、インスタレーションのようになることもあります。そういうことをしているうちに、今度は矩形の絵ではなく、“四つ足”という絵画のイメージを3Dにしたものを使うようになってきました。
――言葉は悪いですが、アーティストはどこかクレイジーな部分がないと、ダメなような気がします。制作することで、クレイジーさを作品に転化して、現実に結び付けていられるような……それについてはどのように思いますか?
〈井上〉 感覚としておっしゃっていることはわかります。多くの作家にとって、作品は世界と結びつく、関わるための接点であると思います。そして作品を制作することで世界と関わり合おう、そうでないと他に方法がわからない、というような人間は、他の人から見たら確かにその時点で「クレイジー」かもしれません。ですが例えば私は、自分がクレイジーかどうかはわからないし、たまに私のことを他と違う、変、と言うような人のことを、逆に私は変な人だな、と思ったりもしています。もちろん社会常識として、おそらくその人は変ではないのでしょうが、私にとっては変なのです。いわゆる狂人と言われた作家たちも、自分のことを自分で「俺、変だな」とはあまり考えなかったのではないでしょうか。
――確かにピカソもゴッホも自分を変だとは思っていなかったでしょうしね。
〈井上〉 クレイジーかどうかというのは立場や基準によって変わってくるものだと思うのですが、例えば社会の中で精神病患者、あるいは知的障がい者とされている人たちが、もしかするとそうではない人々のことを「頭がおかしいな」と思っていても不思議でないということなんですけれど。クレイジーというとわかりにくいですが、多分他の人からクレイジーに見える人たちはとても自分に素直で、視線を内に向けて見極めることが得意だし、敏感な人なのかもしれません。その結果いわゆる「変な」人が出来上がってしまうという(笑)。それによって本当に稀な考え方や視点を持った作家は純粋に羨ましいです。強い個性なので。
――尊敬している作家はいますか?
〈井上〉 月並みですが、マルレーネ・デュマスです。
――月並みというのはつまり、井上さんの周りに、デュマスが好きな人が多いということ?
〈井上〉 わたしは油絵科出身だったのですが、デュマスはやはり有名だし、嫌いという人はあまりいなかったですね。なんというか、人間としてパワフルさが段違いすぎて、私もこんな風に歳を取りたいなと思っています。
――デュマスが何かの記事で、絵画制作は映画監督と似たところがある、と述べていましたが、井上さんにとって絵画制作の方法論は?
〈井上〉 映画監督ですか、なるほど。うーん、方法論というほどのものかわかりませんが、描きたくないときは絶対描きません。描きたくない、というか、描きたいとは思っているけれど、なんだかモヤモヤしてうまくいかないだろうな、というときは。絵画は時間ではなくて集中力だと思っているので、長い時間ダラダラやるよりは、スイッチが入った瞬間を見極めてぎゅっと集中したときにだけ描くようにしています。
――そういえば、デュマスの描いた人物の手の感じが井上さんの作品の手に似ていますね。影響を受けているのかと思いますが、影響といえば、井上さんの作品を拝見したとき、ピーター・ドイグの娘なんじゃないかと思いました(笑)。気に入った作家の作風は、徹底的に真似してみるのでしょうか。
〈井上〉 似ていましたか……(笑)。最近はむしろ好きな作家の作品は見ないようにしているのですが……。真似はいい勉強の仕方なので、特に浪人時代はやっていました。大学時代にも画集を見て「どうしたらこんなのが描けるんだ……」と自分の作品と見比べながら描いていると、あるとき真似したつもりはないのにとても似てしまったことがあって。でもそうなるとそれって全然自分の絵だと思えないんですよね。頭を使いながら描いているから。だから最近は極力見ないようにはしていて、でも頭の中の新鮮ではないけど抽象的に印象として残っている憧れの絵を思い出して自分を鼓舞したりはしています。
――金田実生さんの作品のふにゃっとした描写も井上さんの作品に取り込まれている気がします。そしてリュック・タイマンスの描いたボディが、井上さんの作品の人物のボディに生かされています。パウロ・モンテイロの作品が、井上さんのインスタレーションの小さな人形にも現れているように思います。気になる作家の作品が、どんどん染み込んでゆくのでしょうか?
〈井上〉 本当ですか? 嬉しいですね、いいとこ取りです(笑)。気になる作家の作品が、染み込んでゆくというのは、あると思います、まったく何にも影響されない作家なんていないでしょうし。好きな作家、憧れの作品たちなど、好みは参考にするだけではなく、作家にとって自分の作品を判断するためにとても必要なのではと思います。
――フランシス・ベーコンなどはいかがですか?
〈井上〉 以前、ちょっと真似してみようかと思ったこともあったのですが、できませんでした。
――「真似できる」と「真似できない」の差はどこにあるのでしょうか。テクニックの問題なのか、クレイジーさの度合いなのか……そのあたりはいかがですか?
〈井上〉 そうですね、それはおそらくなんというか、根源的に違う気がするというか。技術的な問題ではなく、意識の問題として、まったく違う動機と意識とパワーで作品を作っているんだな、という感じがして。尊敬しているけど、「参考」にはならないな、という作家はたくさんいます。それはもう、自分の中にないものを持っている人、という視点で、ただただ「カッケェーー!」って感じです。
――「カッケェーー!」といえば、マリーナ・アブラモヴィッチの、彼女自身の肉体を使ったパフォーマンスについてはどう思いますか?
〈井上〉 めちゃめちゃかっこいい、この一言です。オノ・ヨーコや塩田千春さんも同じくかっこいい。彼女たちのパフォーマンスは、女性のこの世界、社会の中での役割や立場、凌辱される立場、または「母なる〜」というようないわゆる母性、のイメージもその要因にあるとはいえ、それを超えて普遍的に人間として見る人に何かを思わせると思うんですけど……。

■矛盾した自分を抱えたまま生きるためのアウトプット。

――井上さんの作品は、躍動感があってパワフルです。正反対とも思えるウォルフガング・ライプや内藤礼さんのように、静謐な作品の作家にも興味があるとのこと。どういう部分がお好きなのでしょうか。ひょっとして静かさの中にあるクレイジーさ、でしょうか。
〈井上〉 一見静かに思える作品は、すごく優しくみえるのに実はバチバチに冴えていて、バキバキに尖っているんですよね。とても多くのことを簡潔に表現しているのがかっこいいです。私は欲張ってしまうので……そぎ落とす作業の参考にしています。
――塩田千春さんの作品は、生きることとは何かを問いかけてきます。内藤礼さんにも、なぜ自分は生きているのだろうという根源的疑問があるように思います。生きているのを確かめるために制作しているかのような……それについてはどう思われますか?
〈井上〉 私自身はまず生きていることは前提として認めることにしています。そして他の人や動植物も。その上で私は私であり、自我があり、これが好きで、あれをしたくて、今のところこういう感情と考えを持っていて……ということに責任を持つというか、世界と自分との関わりや距離を意識できるように制作しているのかもしれません。その「自分」というものにも、自我としての自分と、人間としての自分があったり、それらは時々矛盾していたりするので、その矛盾をどちらも抱えたままでいられるように、作品にアウトプットしているというか。
――矛盾した自分を抱えたまま生きる……そのためのアウトプット……ですか。
〈井上〉 インプットは大好きなんですよ。本を読んだり、映画を見たり、旅に出たり。なので、その期間はしばらく作品を作らなくても平気で。つまり四六時中作業してないと落ち着かない、というタイプではない。ただ、そのインプットしようというモチベーションは、そのうちアウトプットすることができることを知っているからこそ湧き上がってくるものだと思うんです。代謝のようなものというのでしょうか。作品を作るから世界に興味が持てるし、いろんな感情をそのまま感じることができる。作品制作がなかったら、結局すべての記憶や感情や出来事は私の中にとどまらずにどこかに吹き抜けて行ってしまう。それが悲しくて、すべてのことを大事にしておくために作品を作っているんだと思います。だから、世界とつながるために制作している、というのが正しいかもしれません。
――「作品を作るから世界に興味が持てる」。確かに、何かと関わることで、より興味も湧いてきますし、見方も深くなっていきますね。すべてのことを大事にしておきたい欲望だったりして。そういえばサーニャ・カンタロフスキーは欲望自体がテーマだとか。井上さんの欲望は?
〈井上〉 欲望、うーん(笑)、ちょっと難しいですね。あるといえば「よく生きる」でしょうか。ソクラテスですね(笑)。やりたいことや欲しいもの、行きたいところなどはあれ、最終的に「よく生きたな」と思うことが目的だとすれば、それらを実際に達成できたのかどうかということは些細なことだとは思います。ただ、じゃあ欲望は必要ではないのかといえばそうではなく、何かしら「次」を思い浮かべていたいと思います。
――今は新型コロナの感染拡大で移動もままならないですが、もし自由にどこへでも行けるとしたら、どこに行きたいですか?
〈井上〉 全世界に行きたいですね。まず南米とアフリカとインドには絶対行きたいです!
――将来の夢、こんなことがしたい、ということがあれば教えてください。絵をバンバン売ってプール付きの豪邸に住みたい……でもいいです。
〈井上〉 世界中を移り住みながら制作して展示をいっぱい開いて……というのを軸として目指しつつ、その中で思いもしなかったようなことができたり、出会いを経験したりすることです。予想していない展開を期待しています。何十年後かに世界を10周くらいした頃、最終的には湖のそばで猫と暮らしながら静かに暮らしたいです。もちろん制作をしながら。
――最終的には静かな生活! 思わずバーモント州の山奥で暮らして制作を続けたターシャ・テューダーを思い浮かべてしまいました。最後に、作品をご覧になった方、このインタビュー記事を読まれた方に、メッセージをお願いします。
〈井上〉 この度はインタビューをご覧いただきありがとうございます。ご時世柄、直接会場でお会いしてお話しすることが難しいので、このような機会をいただけて幸いです。会場にいらっしゃった方々も、オンラインでご覧いただいている方も、飲み物を片手に楽しんでいただけたら幸いです。

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企画:編集プロダクション 株式会社サンポスト