保立葉菜 木版画展
彫りあと 摺りあと
開催日:2021.8.20(fri)~10.5(tue)

今回は木版画作品の他に版木も数点展示しました。
ご来店ありがとうございました。

365cafe art gallery 特別インタビュー

【第3回】保立葉菜さん

木版画家。
1983年、東京都生まれ。和光大学表現学部芸術学科卒業。
主に展示や装画、絵本、挿絵などで活動。最近の仕事に『ホワイト・ティース 上・下』(ゼイディー・スミス著/小竹由美子訳/中公文庫)がある。
【主な個展】
2019『気持ちのんびり』OPA gallery  (表参道)
2017『わくわく ぽかぽか』SUNNY BOY BOOKS(学芸大学)
2013『あぁ、楽しや木版画!』Tambourine Gallery(外苑前)

月と目が合った(完売)

8月のオーガス島

さといも畑の祝福(完売)

ー作品および作品画像の作者は保立葉菜であり、著作権は全て保立葉菜に帰属します。当社および著作権者からの許可無く、掲載内容の一部およびすべてを複製、転載または配布、印刷など、第三者の利用に供することを禁止します。 ©保立葉菜ー

ご本人にはちょっと失礼かもしれませんが、保立葉菜さんは元気いっぱいの少女がそのまま大人になったような、そんな素敵な女性です。とにかくその作品の絵柄がとても楽しく、「永遠の夏休み」という言葉を思い描いてしまいます。そう、子どもの頃の絵日記にもどこか通じるような、いろんなことに興味深々、探究するうちに、いつしか作品世界が出来上がっている、そんな気がするのです。しかもなんとこれが木版画で。保立さんの明るく魅力溢れる木版画の世界を存分にお愉しみください。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)

木版画って、本当に面白い!

――子どもの頃から絵はお好きだったのでしょうか。
〈保立〉絵はしょっちゅう描いていましたが、好きで好きで仕方ないという感じではなかったです。それよりも歌ったり踊ったり、家の前の道路や公園で遊んだりするのが好きな子どもでした。家ではたいてい兄たちと遊んでいました。
――お兄さんたちということは、上はお兄さん2人で、保立さんは3番目ですか?
〈保立〉そうです。2歳上と5歳上の兄がいます。
――ということは、おてんば娘だった(笑)?
〈保立〉慣れない場では恥ずかしがり屋で人見知りでしたが、家ではかなりのおてんばでした。兄たちを真似て男言葉を話していましたし、ぶったりぶたれたり、毎日のようにケンカしていました。
――では本格的に芸術に目覚めたのは、和光大学に入られてからですか? 表現学部芸術学科というのは、主にどのようなことを学ぶ学科なのでしょうか。
〈保立〉表現に関することは何でも学べると思います。油絵、日本画、美術史、彫刻、版画、デザインなどなど。フィールドワークやダンスをしている人もいました。私は入試の面接で絵本を作りたいと言って入学しました。
――木版画というと、小学生の頃に学校の美術の時間にちょっとやったという方がほとんどではないかと思います。どうして木版画を?
〈保立〉私は積極的に何かを学びたいというような生徒ではなかったので(笑)、単位だけ取れればいいと思って過ごしていました。大学3年の終わり頃、版画のクラスでふと思いたって木版画を作ってみたらとても面白く、これをもっとやりたいと思いました。
――作者から見て、木版画のよいところ、悪いところを教えてください。
〈保立〉 よいところは、まずひとつの作品を何シートも作れるところ。同じ作品を並べるとそれもすごく絵になって嬉しくなります。あと、版木とは左右が逆に仕上がるところや、彫り方によって意外な味が出るところも好きです。悪いところは特に思いつきません。制作が続くと手や腰が痛くなるのは辛いです。版木をしょっちゅう買いに行かなくてはいけないのも大変ではあります。完成までの工程が何段階かあって面倒なところもありますが、それ自体が楽しくもあります。

フォークアートに魅せられて

――版木はMDF (中質繊維板)とのことですが、よく家具などに使われている板ですよね。
〈保立〉はい。木目が無く彫りやすいです。
――彫刻刀は何本くらいお持ちですか。
〈保立〉刃が悪くなったものを合わせると70本くらいあります。まだ上手く研げないので。普段使うのは太さの違う丸刀2、3本です。
――刷る紙は和紙なのでしょうか。
〈保立〉はい、和紙です。
――銘柄はありますか? どこそこの手漉き和紙じゃないと、とか……。
〈保立〉日本橋にある小津和紙で買っています。毎回同じ和紙を2、3種類買いますが、ときどき気になった違う種類の和紙も買ってみて、気に入ったらまた買う、という感じ。最近はアワガミファクトリーというところが作っている和紙を選んでいます。
――徳島県の会社ですね。ホームページで見たら、1300年の伝統を受け継いでいるとか。木版画の奥の深さを改めて感じます。そういえば、浮世絵も木版画でしたね。
〈保立〉浮世絵についてはほとんど何も知らないです、すみません。細密な線などを見ていると、これが木版画だなんて信じられないくらいです。今後、急に興味が湧くこともあるかもしれませんけれど……。
――木版画以外だとどういった作品がお好きですか。
〈保立〉フォークアートが好きですね。でも、作家名はよく知らなくて、メモしてもすぐ忘れてしまいます。旅行先の誰が作ったかも分からないような看板や木彫りの像や置物や手作りポストなどにグッとくることが多いです。アフリカやイヌイットの民族アートの本を見るのも好きです。NYのアメリカンフォークアートミュージアムにも一度だけ行ったことがありますが、好みの作品が多くてワクワクしました。グランマ・モーゼスの絵もすごく好きです。
――グランマ・モーゼスの絵は素朴でいて緻密。ほのぼのとした温かみある作風が、保立さんの作品に通じるものがありますね。ところで今回のタイトルは「彫りあと、摺りあと」。作品だけではなく、版木なども展示されていますね。
〈保立〉以前、棟方志功展を観に行ったとき、版木も展示されていたのがずっと記憶に残っていました。あんな貫禄のある版木ではありませんが、せっかくなので私の版木も少しですが見ていただこうと思いました。
――1枚の版木から何枚くらい刷れるのでしょうか。
〈保立〉 わかりません。私は、最近はだいだい2〜6枚くらいしか摺らないのと、過去にも多くても20枚くらいしか摺ったことがないので。でもたぶん100枚くらいは質を落とさずに摺れるのではないかと思います。
――1色の作品だと1版で作るのだと思いますが、これまで最大で何版の作品を作られましたか?
〈保立〉あまり数は覚えていません。普段3〜4版が多いので、8版くらいになると私には相当多く感じられます。
――最終的に(刷った後)、版木はどうされるのでしょうか。
〈保立〉気に入ったものや思い入れのあるものはとってありますが、置く場所に困りますし、処分するものも多いです。
――もったいない!(笑)

版画をやっていない世界は想像できない

――話は戻りますが、日常生活において、いつも作品のことを考えているのでしょうか。
〈保立〉なんだかんだいつも考えているかもしれません。
――寝る間も惜しんで?
〈保立〉そんなことはないですけれど(笑)。でも、版画にして表現することが好きということもありますが、版画を仕事にしているので今は作品を作ることが結局収入につながるし、自分から版画をとったら何が残るのか……みたいな切迫した気持ちも少しあるのかもしれません。
――もし版画をやっていなかったら、いまどんな仕事をされていたと思いますか。
〈保立〉想像がつかないです。
――たとえば写真家になっていたかもしれない、とか、陶芸をやっていたかもしれないとか……。
〈保立〉わからないです。でも、映画と音楽は特に好きです。私にとって栄養という感じです。やる気を出させてくれて日々の活力になります。癒しにもなります。
――それではお薦めの映画や音楽を3つずつ上げてください。
〈保立〉3つというのは酷ですね(笑)。お薦めというより私が好きだというだけですけど、近年繰り返し何度も観ているのは『ラ・ラ・ランド』『世界にひとつのプレイブック』『はじまりへの旅』などです。音楽は、またすぐにでもライブに行きたいと思うのは前野健太さん。あと最近よく聴いているのは長兄から聞いて初めて知ったマック・ミラー。あと、マーヴィン・ゲイの What’s Going On と Mercy Mercy Me はもともと好きでしたが、去年映画『メイキング・オブ・モータウン』を観て以来、またよく聴くようになりました。
――作品は集中して彫るのでしょうか。それとも毎日少しずつ彫るのでしょうか。
〈保立〉集中して彫ります。でもだんだん無理がきかなくなってきたので、15分、30分、1時間とちょくちょく休憩をとるように心がけています。ストレッチしたり、遠くを眺めたり、横になったり。
――作品のテーマはどのようなところから得るのでしょうか。
〈保立〉日々の生活や旅行先での「おっ」と思うような面白いシーンや、何てことない風景や、モノや色や言葉や、いろいろです。外国の風景写真などからもインスピレーションが湧きます。
――「月と目が合った」など、まさに日常にある出来事ですが、ふつうの人はやり過ごしてしまいます。そういった些細な(といっていいのかわかりませんが)出来事を保立さんは大事にしている気がします。
〈保立〉どうなんでしょう、自分では大事にしているという感覚はあまり無くて、それぞれの出来事が忘れられない感じです。「月と目が合った」も、どちらかというと私にとっては強烈な体験だったんですね。あれを作品にしなくて何をする、というくらいの出来事でした。
――これからやってみたいことがあれば教えてください。版画と関係なくてもよいです。
〈保立〉今は旅行です。国内も海外も。あと飲食店巡りとか、英語の勉強とか。何かテーマを決めてフィールドワーク的なこともやってみたいです。そのためにももっと収入を増やしたいです。家族に恩返しもしたいですし。あとは、いろんなジャンルの人たちとの新しいつながりも広げていきたいです。
――最後に、このインタビューをご覧になっている方にメッセージをお願いします。
〈保立〉この度は、インタビューをご覧いただきましてどうもありがとうございます。本展は、初期の作品から今年制作したものまで合わせて27点の版画を展示しています。店内、またはオンラインにて、たくさんの方々にご覧いただけることを願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

企画:編集プロダクション 株式会社サンポスト