福田真子作品展
『そうやって(遠回しに)僕自身に語り聞かせるのである』
2023.10.26[木]―12.5[火]

福田 真子

鹿児島市生まれ。崇城大学大学院芸術研究科美術専攻修了。現在、熊本市在住。

【個展】
2017「Ordinance」(CAPCA/東京)
2018「tilde」(崇城大学ギャラリー/熊本)
2020「僕は僕を取り戻しつつある」(SPACE33/東京)
2022「彼が何か言った」(BLANK/東京)
 
【アートフェア出品】
2021「テグアートフェア21」(EXCO大邱市展示コンベンションセンター/韓国・大邱)
2022「アートプサン」(BEXCO展示センター1/韓国・釜山)
「アートサンタフェ」(サンタフェコンベンションセンター/アメリカ・ニューメキシコ州サンタフェ)
「テグアートフェア22」(EXCO大邱市展示コンベンションセンター/韓国・大邱)
2023「BAMA 釜山国際アートフェア2023」(BEXCO/韓国・釜山)

【主な受賞歴】
2013「第15回雪梁舎フィレンツェ賞展」入選
2014「第16回雪梁舎フィレンツェ賞展」入選
2015「トーキョーワンダーウォール2015」入選

冷めない珈琲

今日雨は降らない

その夜何度も目を覚ました

【見どころ】
「ご自身の作品のアピールポイントは?」と伺うと、「不穏な空気でしょうか」との答え。見れば見るほどに、ひたひたとした空気に絡めとられ、画面に引き込まれて抜け出せなくなってしまいそうです。そこは不思議な4次元空間。通常とは違う、奇妙な時間が流れています。遠い世界ではなく、すぐそばにある日常の、1枚ベールを剥いだらまったく別の世界が広がっていたような、そんな物語性に富んだ作品といえるかもしれません。福田さんに最初にお会いしたのは、昨年、東京・高円寺での個展でした。実はまだ個展は始まっておらず、飾りつけの最中にたまたま通りを歩いていて、強力な磁石に引きつけられるように、会場へと足を踏み入れたのでした。現代社会の歪や不条理さをテーマにしているようにも思える作品、その制作の裏側を覗いてみたいと思います。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)

■絵画制作に入る前に小説を読み漁る。

――福田さんの作品には、独特なタイトルがついています。たとえば「そうやって(遠回しに)僕自身に語り聞かせるのである」とか「その夜何度も目を覚ました」など。いつの段階でタイトルが決まるのでしょうか。タイトルを決めてから、そのインスピレーションを発展させて絵画作品に落とし込むのでしょうか。それとも、作品が完成した際に、ふいに言葉(タイトル)が訪れるのでしょうか。
〈福田〉 こういうタイトルの絵を描きたい!というところから出発することもありますが、最初の下書き通り仕上がることはめったにないです。ですので、制作終盤辺りで画面を見てからタイトルを決める場合がほとんどです。
――すぐに思いつくようなタイトルではないので……。
〈福田〉 日頃から描きたいイメージやタイトルになりそうな言葉を書きためています。自分の持ち合わせた言葉や語彙力だけでは色々と間に合わないので。イメージが先行することもあれば、言葉からイメージを作っていくこともあります。なので、最近は制作に入る前に気になった小説を読み漁って素材になりそうな言葉を収集します。
――どんな小説を読まれるのでしょうか。
〈福田〉 最近読んだのは川端康成の短編の「眠れる美女」と「片腕」です。川端康成は初めて読みました。題材は奇想で文は研ぎ澄まされた日本語という印象でした。イメージと違ってねっとりとした描写で好みでした。
――川端康成といえば、ずっと以前に星新一さんを取材したことがあって、星さんは毎晩寝る前に川端康成の『掌の小説』の中の一篇を読んでいると言っていました。すごく短い、まさに掌篇なんですが、どれもすごくいいんですね。思わず唸ってしまうくらい(笑)。別格という気がします。ほかにはどなたの小説がお好きですか。
〈福田〉 作家でいうと、村上春樹。私の人生になくてはならない人です。「ダンス・ダンス・ダンス」や「街とその不確かな壁」、『レキシントンの幽霊』などが好きですが、なかでも「野球場」という短いお話が一番印象的です。
――これは『回転木馬のデッドヒート』所収の短編ですね。好きになった彼女の部屋を覗く青年の話ですが、ふつうに見る(観察する)のではなく、望遠レンズを使って覗くという方法が、人を狂気に追い込むのではないかという気がしました。レンズで拡大することが、というのではなく、フレームをつけて見るという行為が、日常から切り離し、別の世界へ追い込むのではないか、と。この短編のどこに強く引かれたのでしょうか。
〈福田〉 本当の話のような語り口や、主人公が奇妙な観察を始める話ですが、特に“主人公が恋人と訪れたレストランで蟹を食べて、吐いた嘔吐物から虫が出てきたのに、恋人はすやすやと眠っている”というシーンは非常にグロテスクですが引き込まれました。
――福田さんの絵のようです(笑)。
〈福田〉ほかには、小川洋子の『まぶた』という短編集がとても良いです。海外作家ではブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』、リディア・デイヴィスの全部の作品が良いです。こういうふうに書いてみたいです。
――福田さんがお好きな小説って、どれもさり気なく狂気を孕んだものですね。最初に福田さんの作品を拝見したとき、真っ先に思い浮かべたのが安部公房でした。渦巻き状の砂丘が描かれていたからかもしれませんが。
〈福田〉 安部公房は、全て読んではいないのですが、今まで読んだ中では「砂の女」「水中都市」「他人の顔」「カンガルーノート」が面白かったです。「砂の女」は、砂漠の絵を描くための参考文献として選書したのですが、言葉だけでここまで砂を描写できるものかと、驚きました。
――「砂の女」のテーマ性はもちろんですが、「水中都市」の最後にいきなり日常が水の中に変わる転換がいいですね。なんだか文学談義になってしまいましたが……画家ではどなたがお好きなのでしょう。
〈福田〉 バルテュスやリチャード・ディーベンコーン、フランシス・ベーコンなど沢山いますが、まず挙げるならジョルジュ・モランディです。絵っていいな、やっぱり絵だな、と思わせてくれるからです。昔、東京ステーションギャラリーで開催されたモランディ展で実物を観た時は感動しました。いつ見ても飽きない静物画ってすごいです。静物に限らず風景や人物も良いです。
――確かにモランディは魅力的ですね。瓶ばかり描いているのに、どれを見てもずっと見ていられる。ふわっと力が抜けているように見える色調も素敵ですね。

■中学生のときにブリューゲル体験!

――お生まれは鹿児島市とのことですが。
〈福田〉 南国特有の方言や時間の流れがゆったりとした穏やかなところです。帰るとやはり安心します。桜島が噴火すると町中に灰が降り、大変なことになりますが(笑)。
――車のボンネットに灰が積もって白くなっている写真を見たことがありますが、実際、それはどんな感覚なのでしょう。雪が降るみたいな感じですか、それとももっと火山が爆発するという恐怖を孕んだものですか?
〈福田〉 住んでいた頃は毎日のように小さな噴火はありましたから特に驚きはしないです。火山灰はガラスの破片のようなものなので、目に入ったら痛いし髪はきしむし、視界は霞むし、触れたくないものですね。それにプラスして雨が加わると大変面倒です。噴火を見るとうわ~やだな~と思いながら上空の風向きを気にしていました。
――子ども時代はどんな感じだったのでしょう。
〈福田〉 シルバニアファミリーの家具や食材のおもちゃとポケモンのフィギュアを組み合わせた謎のおままごと遊びにハマっていました(笑)。
――絵画に興味を持たれたのはいつごろからですか。
〈福田〉 幼少期からお絵描きが好きでしたが、タイトルや作品の構成、意図を考えるなど“作品”を意識し始めたのは中学生くらいからです。図書館で見つけたピーテル・ブリューゲルの画集を見てから、そういった意識をするようになりました。特に「バベルの塔」シリーズや「盲人の寓話」、「大きい魚は小さい魚を食う」の三作品が好きです。
――中学生でブリューゲルって、ずいぶん渋いですね。というか、見方によっては、ブリューゲルの作品はかなり怖いですが……その頃からすでに不穏な物語性のある作品に引かれていたのでしょうか。
〈福田〉 当時はブリューゲル作品の寓話性や画力に感銘を受けて、この雰囲気が好きだから私もこういう風に描きたい!と思っていました。今振り返るとこの頃から不穏な雰囲気を好んでいたようですね。
――大学は崇城大学とのことですが、どんな大学ですか。
〈福田〉 薬学部、生物生命学部、工学部、情報学部、芸術学部で構成された総合大学で、熊本市にあります。今は大学院を卒業して司書をしています。
――学生生活はどんな感じでしたか。親元を離れての生活の感想は?
〈福田〉 割と一人暮らしは向いている方だと思います。
――学部生のときと、大学院生になってからとでは、だいぶ変わりましたか?
〈福田〉 特に、大学院に進学してから制作の仕方が変わりました。それまでは、油絵具を重ねて厚みやマチエールを出して“完成”させていましたが、大学院からは、あまり時間をかけず描きたい気持ちが冷めないうちに鮮度を重視して薄塗りで一~二層で仕上げる、ちょっと力が抜けた作風になりました。制作の終わりは“辿り着いた”という感覚でした。こういったことを体感して、大学院での2年は今までの人生において特に重要な期間でした。
――力の抜けた作風って、実はすごく大事なことなんじゃないかと思います。というのも、よく〇〇展ってあるじゃないですか。二科展とか日展とか、そういう公募作品を展示している〇〇展。先日、知り合いが入選したので見に行ったのですが、みなさん大作で、実力はすごいのでしょうけれど、これでもかっていう自己主張がぐいぐい前面に出てきていて、疲れてしまいました(笑)。
〈福田〉 個性が集結していたのですね。私の場合、力が入りすぎると画面が凝り固まってしまう傾向があるので、そのようにする必要がありました。
――制作にはどんな道具を使っていますか。たとえばスケッチブックはどこ製ので、鉛筆はこのブランドがお気に入り、とか。筆や絵具はこれがないと困る、といったようなことはありますか。
〈福田〉 油絵具はバーントシエナ、イエローオーカー、コバルトブルーディープ、シルバーホワイトを基盤にカドミウムレッドディープ、カドミウムイエローディープ、キナクリドンローズなどをよく使います。
――制作は集中して行う方ですか、それとも毎日少しずつでしょうか。
〈福田〉 最近は集中力が続かないので短期集中で制作します。
――今はどんな生活パターンでしょうか。制作は土日に行う、とか。
〈福田〉 そうですね、週5は仕事に行き、休日のまとまった時間に集中的に進めます。
――絵を描く以外でお好きなこと(趣味)はなんでしょうか。
〈福田〉 古本屋・古道具屋・蚤の市巡り、旅行、映画……。
――さっき小説の話は出ましたが、映画はどんな作品がお好きですか。
〈福田〉 ルシール・アザリロヴィック(「エヴォリューション」が一番好きな映画です)、ヨルゴス・ランティモス(「聖なる鹿殺し」「ロブスター」が好きです)、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(「複製された男」「プリズナーズ」「DUNE」)、ロイ・アンダーソン(「さよなら、人類」が好きです)、ウェス・アンダーソン(「ダージリン急行」が好きです)。
――どれも怖いじゃないですか(笑)。不穏な空気に満ちています。いや、「さよなら、人類」や「ダージリン急行」は違いますかね。まさか恋愛ものが出てくるとは思っていませんでしたが、「エヴォリューション」や「聖なる鹿殺し」は、じわじわ怖い作品です。映画や小説もそうですけれど、どうやって好みの作品を見つけるのでしょう。
〈福田〉 予告を沢山見たり、レビューを読んで気になったものを見たり、その監督の他の作品を探したり、またその監督が影響を受けた作品を見たりして好きな作品に出会います。
――ふと思ったのですが、福田さんが古本屋・古道具屋巡りがお好きなのは、そこに前に使っていた人の何かが感じられるからでしょうか。江戸川乱歩風の怖さというか、なんというか……。ふと「人間椅子」や「押絵と旅する男」を思い出してしまいました。
〈福田〉 そこから自分のお気に入りや掘り出し物を探し見つけるのが楽しいからです。使用していてふと前の持ち主に思いを巡らすのも楽しいですね。本にはとくに前の持ち主のレシートやメモ書きがありますから、そういうのもすごく見てしまいます。あと、単純に新しいものに疎いところがあります。

■砂漠のある国に行ってみたい。

――ではまったく話題を変えまして……。お好きな食べ物は?
〈福田〉 好きなものはチーズ全般です。あと、鶏飯、ティラミス、アボカド。嫌いなものはドラゴンフルーツ、ドリアンです。
――鶏飯というのは、鶏のそぼろみたいな料理ですか?
〈福田〉 白米の上にほぐした鶏肉や卵、干し椎茸、パパイヤ漬け等がのせて、その上から鶏ガラスープをかけて頂く奄美大島の郷土料理です。
――嫌いなものがドラゴンフルーツとドリアンって、やはり熊本は南国ですね。実はまだどちらも食べたことがありません。
〈福田〉 ドリアンは旅行先のスリランカで初めて実食しました。見た目も味も香りも想像以上でさらに嫌いになりました。
――旅行はよく行かれるのですか?
〈福田〉 最近は行けていないですが、コロナ前は一人旅によく行きました。また砂漠の絵を描きたいので、本物の砂漠のある国に行ってみたいです。
――では、絵に限らず、将来やってみたいことはなんでしょう。
〈福田〉 近年ずっと“影”をリサーチしていまして、影をテーマに個展をしたいです。絵以外では短編小説を書きたいです。近年では高円寺での展示で発表したようなとても短いテキストを作っていますが、ゆくゆくはもう少し展開させて短編小説を書きたいと思っています。
――影といえば、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」も、影が重要なキーになっていますね。確かに影は不思議ですね。歩くとついてきますし。影をテーマにした個展、楽しみです。加えて、リディア・デイヴィスとブライアン・エヴンソンを合体したような小説、さらっと読んでしまうと何気ないのに、読み返すと、ぐぐっとくるような小説も期待しています。では、最後に作品をご覧になった方へ、メッセージをお願いします。
〈福田〉 この度は、本展覧会にご来場いただきありがとうございます。1人で制作に浸っているとなぜか過去に接近するような感覚があるんです。なぜだかわかりませんが…。これからも個人的な領域を見つけていきたいと思います。少しでも作品の雰囲気に浸っていただけたら嬉しいです。感想ノートをご用意しておりますので、何か感じたことがございましたらご記入ください。それでは、ごゆっくりお過ごしください。

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