■3歳の頃から将来は医者になろうと思っていた。
――今回の作品展のタイトルが「肺腑に薫る」、昨年のオンライン個展のタイトルが「胸臆」。一般に馴染みのない漢字を使用していますが、そこにどんな思いを込めているのでしょう。
〈A.K.I(以下, A)〉「肺腑」や「胸臆」という言葉は、実は私自身も元々知らない単語でした(医学用語でもないですし)。オンライン個展のタイトルで悩んでいた時に、チーム内で「心の奥を意味する『肺腑』や『胸臆』はどうか」と意見が出たのがきっかけでした。語源について調べてみると、その意味や漢字の雰囲気が妙にしっくりきたので採用することにしました。私は趣味で漢字検定1級の勉強をするくらい大の漢字好きで、小難しい単語に惹かれてしまうところもあります(笑)。昨年のオンライン個展、そして今回の作品展では、それまでの個展とは雰囲気をがらっと変えたいという思いがありました。自分自身の覚悟のようなものと、漢字が持つ重厚感がマッチした感じです。あえて馴染みない熟語を採用していますが、これらを正確に読んでいただくことや意味をきちんとわかっていただくことは、必ずしも必要ないと思っています。「なんとなくこんな感じの意味かな」で受け取いただければ、それで十分だと思っています。それは私のアートに対する考え方とも重なります。言語のように明確で、カチッとしたものではなくて、非言語的でやわらかく伝わっていくもの。その余白ごと感じてもらえることこそが、私の目指しているアートです。
――確かにアルファベットのような記号と違い、漢字には成り立ちからして意味とともに雰囲気がありますね。インスタなどにたくさん作品を載せていらっしゃいます。心臓のようなもの、亀裂、くまさん、渦、光など、モチーフが幅広いですが、どれも内面世界を表現していると捉えてよいのでしょうか。
〈A〉私が一貫して掲げている最大のテーマは「医療×アート×人間」です。医療の現実や医療を通して見えた人間の本質・側面をアートの形で表現しています。医学をベースにしつつ、自分の中にある哲学や問いを絵にしていくスタイルですので、ご指摘のとおり、作品は内面世界を表現していると捉えていただいて構いません。私は自分の作品を「観念抽象画」と呼んでおります。モチーフは、心臓や脳などの臓器を扱ったものから、人生や生命をテーマにした作品、負の感情をテーマにした作品まで多岐にわたります。そのため一見すると統一感がないように見えるかもしれません。ただ、この多様さは私が関わっている総合診療と共通する部分があるかなと思っています。総合診療は、臓器や疾患、性別、年齢といった枠を超えて、「人間そのもの」を診ていく医療だからです。そして「医療で救えないものをアートで掬う」。この思いは私のすべてのアート活動に共通しています。
――医師で画家といえば、新潟県長岡市の丸山稔さんなどが知られていますが、丸山さんは風景画というジャンルが確立しています。ゴッホの作品のモデルともなっている「医師ガシェの肖像」のポール・ガシェも医者であり画家で、魅力的なエッチング作品を残しています。 A.K.Iさんはむしろ、神秘思想家で、哲学者であり教育者だったルドルフ・シュタイナーに近いのではないかと勝手に想像しています。子どもの頃から、絵はお好きだったのでしょうか。
〈A〉描くことが好きでした。小学生まではオリジナルの漫画をノートに描いていました。その後は学校の美術の授業で絵を描く程度でした。絵を見るのが好きになったのは大学生の時です。
――お生まれは群馬県の太田市とのことですが、どんな街ですか。
〈A〉ほどよく田舎です。高校生までしか住んでおらず、しかもほとんど学校、塾、家の往復だったのであまり街のことを知らないままきてしまいました(笑)。田んぼの蛙の鳴き声とか、季節の虫の鳴き声とかを聞きながら高校生まで育ちました。
――医師なりたいと思ったのはいつでしょうか。
〈A〉3歳の時です。なぜか臓器に興味がある気味の悪い3歳でした(笑)。また祖母が病気の話をよくするので、治してあげたいと思ったのです。
――では画家になりたいと思ったことはなく、医師一択ですか。
〈A〉はい。
――医学部受験の勉強がたいへんでしょうから、絵を描いている時間はなかったですよね。大学時代はいかがでしたか。
〈A〉毎日部活(ソフトテニス)と飲み会をしていました。いい大学生活でした。
――A.K.Iさんは総合診療科・内科がご専門とのこと。一般的ないわゆる町医者は、総合診療医ではないのですか。
〈A〉プライマリケアの最前線に立って地域のかかりつけ医を担っておられる先生方は、まさに総合診療を実践されております。総合診療医はかかりつけ医として地域を丸ごとみるだけでなく、救急・病棟・在宅など多様な診療の場で役割を果たします。また、診断がつかずに困っている患者さんに対して、適切な診断をつけて治療の道筋を示すことも総合診療医の役割の一つです。細分化され乱立した専門家を中心に構成された現在の医療の世界において、総合診療医はその「隙間」を埋める存在でもあります。私自身は総合診療を、「患者と地域が求める医療に対して、持ちうる限りの能力を提供する医師」と定義しています。
■最期の瞬間まで何かを残し続ける人でありたい。
――いつ頃から絵画制作に取り組むようになったのでしょう。
〈A〉大学生の時です。いつかは画家になりたいとぼんやり思うようになりました。具体的には、医学部の5年、6年の時に現代アートに嵌りました。
――具体的にはどなたの作品を見て、感銘を受けたのですか。
〈A〉2人挙げるとすればサルバドール・ダリ、草間彌生先生です。私がこれまでアートを見て涙を流したのは2回。どちらも草間先生の作品です。いずれも松本市美術館に展示されている作品でした。
――松本市美術館では「魂のおきどころ」として草間彌生の作品を通年展示していますね。涙を流すというのは、相当なことだと思います。どういうところが、A.K.Iさんの琴線に触れたのでしょうか。
〈A〉水玉で世界を支配してしまったので、もう圧巻です。また彼女の世界に対するメッセージを読んだ時、涙が止まりませんでした。「ああ、自分が草間先生の意思をつがねばならないな」と松本市美術館でひとり勝手に、心の中でつぶやいていました(笑)。
――医療というのは形に残らないものだから、絵画作品を残したいという欲求があるのではないかと推測します。患者さんの死を通じて、ご自身の死を意識したことはありますか。
〈A〉医師として遭遇した数々の「死」は、医師になるより前から想像していたそれよりもずっと身近で、また呆気ないものでした。自分よりも若い方が心肺停止状態で運ばれてきて、救急外来で死亡診断したこともありましたし、昨日まで元気でバリバリ働いていたのに、今日になったら集中治療室で危篤状態という症例も受け持ったことがあります。医療に携わる年月を重ねるほどに、自分の最期を想像せずにはいられなくなりました。
――自分の生きた形を残したいという感覚は、高齢の方に多いと思いますが、若くしてそう思ったのは、やはり「死」が身近にあったからでしょうか。
〈A〉医者をやって沢山の死をみてきた中で、自分もいつ同じ運命を辿るかわからないなと思うようになりました。明日死んでも後悔ないように、今日その日その日を全力で生きることにしました。もし死に方が選べるとしたら、終わりまでの猶予が少しでもあるならば、私は人生を閉ざす最期の瞬間まで何かを残し続ける人でありたい、と願うようになったのです。医師はクリエイターを含むあらゆる職種の人々が社会で再び活躍できるようにサポートする仕事ですが、クリエイターそのものではありません。私は何かを創造してこの世界に残し、最期を迎えたいと強く願うようになりました。
――根源的な話になってしまいますが、A.K.Iさんにとって、現代アートとはどういうものだと思いますか。
〈A〉学術的に定義できるほどに現代アートに明るいわけではありませんが、自分の中での現代アートとは何であるかを解釈する上でのキーワードは「自由」「文脈」「内なる宇宙の開発」と考えています。画家を目指した頃は現代アーティストを意識していた時期もありましたが、現在は「現代アートを作ろう」と意識して制作しているわけではありません。画家を標榜してはおりますが、アート業界の中の従来の定義や枠組みに自分を無理に当てはめる必要もないかなと考えております。自分が本当に追求したいものを追求した結果として、それが現代アートに分類されるのであれば、それは素直に嬉しいことだと考えています。現時点で自分の作品が現代アートの枠組みに到達できているかというと、まだまだ全然だと思います。いわゆる体系的な「勉強」をしてきたわけではありませんが、芸術史の文脈については書籍等でざっと学んだのと、実際に数多くの現代アート作品を見に行くことを大切にしてきました。
――それでは一般的な美術教育は、受けていない?
〈A〉はい。予備校や教室には通っておりません。また、どなたからも直接教わっておりません。今少しずつ独学で勉強しているところです。
■医師の仕事の合間に構想を練る。
――本や映画など、他の芸術分野でお好きな作家はいらっしゃいますか。
〈A〉クラシックでしたらショパンです。J-POPだと、King Gnu、Vaundy、宇多田ヒカル、藤井風 このあたりの方々はまさに芸術です。聞きながら描いています。聞くといい絵が描けるんですよ。
――どんな道具を使っていますか。
〈A〉特に画材にこだわりはないです。なんなら指で描くことも多いです。指が最高の画材です。でもペインティングナイフは欲しいです。あと作品によってはホームセンターで買ったヘラを使ったりしますのでそれも。あ、油絵の具の「フタロブルー」はないととても困ります。あの青は自分の中で唯一使いこなせている感がある色ですので。
――制作は毎日行う方ですか、それともお休みの日に集中して?
〈A〉毎日少しずつしか時間がとれないので後者のスタイルですが、1~2時間集中し制作して、早い時はそれでほとんど完成ということもあります。描くのは早い方だと思います。
――かなりお忙しいのではないですか。
〈A〉平日と土曜日の日中は本業の医師の仕事があるので、夜帰ってきてから家のことをやって、時間があれば22時くらいから描いています。割とロングスリーパーなので、日付変わるくらいには終わりにして寝ます(笑)。医師の仕事の合間や夜の時間、休みの日に頭の中でアートの構想を練っています。休みの日も日中に色々やることがあって、やはり描く時間が夜になってしまいます。本当に、本当に、絵を描く時間が欲しいです。そのうち絶対手に入れます。
――絵を描く以外で、お好きなこと(趣味)はなんでしょうか。
〈A〉趣味はソフトテニス、温泉、カフェ巡り、ピアノです。最近時間が取れなくなってきてしまいましたが、カフェは今でもよく行きます。
――カフェ巡りというのは、知らない土地へ行ってカフェを探すのでしょうか。
〈A〉時間がある時に、県内の行ったことないカフェに足を運んだりします。仕事やプライベートで県外に出たときは必ずカフェを探して、気になったところに行くようにしています。旅行にカフェは欠かせません。
――余談ですが、お好きな食べ物、嫌いな食べ物はなんでしょう。
〈A〉好きな食べ物は和食全般です。嫌いな食べ物は、あー、ゴーヤです。ゴーヤでいいと思います。
――旅行はお好きですか。
〈A〉大好きです。あまり行けなくなってしまいましたが、学生の時は毎月国内旅行に行っておりました。行ってみたい場所は、国内なら青森県、山口県ですね。あと瀬戸内海にしばらく滞在したいです。海外だったらヨーロッパを一周したいですね。
――旅行の他に、将来やってみたいことはなんでしょうか。
〈A〉医者としてだと、フリーランス総合診療医です。これは総合診療を目指した時からずっとやりたかったことで自分の医者としての最終着地点と思っています。あとは総合診療医の育成事業に力を入れていきたいですね。医者としてよりもやはり、総合アートクリエイターとしてやりたいことは沢山あって、個展を全国でやってみたいですし、執筆・セミナーとかもしてみたいですし、声を使ったコンテンツ制作、フリーホラーゲーム制作などもやれる機会があればやってみたいです。
■メッセージ:ご来場の皆さまへ
――今回、365cafeで作品をご覧になった方へ、メッセージをお願いします。
〈A〉本作品展では、365 cafeを訪れる人々にやわらかく語りかけるような、“想い”と“祈り”をモチーフとした抽象作品を集めました。観ていただく方々の心に寄り添い、一杯の珈琲の香りとともに、そっと心の奥に沈むものを撫でるような、そんな時間を作れたらと思い、本作品展を「肺腑に薫る」というタイトルにしております。お食事していただきながら、ゆっくり作品を鑑賞いただき、素敵な時間にしていただければ幸いです。