HAL Horii 作品展
Nature
2024.6.28[金]-7.25[木]

【プロフィール】
長野県生まれ。イラストレーター、グラフィックデザイナー、デザイン筆文字、アート。広告のデザインをはじめ、テレビ番組のタイトル・イラストから本の装丁デザインまで幅広く手がける。

【主な展示歴】
・2013年「gallery Boo」展 目黒区
・2021年11月〜12月「11頭の水牛の子どもたち イタリア水牛と過ごした92日」展 中目黒
・2022年10月〜2023年12月「Piano,dance,playmusic」展 六本木
・2023年11〜12月「COUNTER PART」展 渋谷区
・2024年6月〜7月「Brush Art」展 西麻布

【その他】
・2012年よりクリエイターEXPO(東京ビッグサイト)参加
・2017年よりグループ展 (アートギャラリー・イベントなど)参加多数
・2023年より美術展「齣展」「新協展」(東京都美術館)参加

【受賞歴】
・2023「新協展」佳作

マンタ

トナカイ

森の木の葉たち

【見どころ】
絵画作品で「自然」というと、すぐに思いつくのが山や海を描いた雄大な自然の景色かもしれません。けれどもいわゆる目に見える自然風景ではなく、自然のエッセンスを抽出し、熟成させ、それを目に見える形にして描いているのが、HAL Horiiさん。一見、ポロックの抽象画のようなその作品からは、生命の輝きが見て取れるのではないでしょうか。今回はそういった抽象的な作品から、仕事で訪れた北海道の牧場が気に入り、3ヵ月滞在した際に接したという愛らしい水牛の絵も展示。多彩なHAL Horii ワールドをさっそく覗いてみたいと思います。

インタビュアー 株式会社サンポスト 前田敏之)

■エッセンスを抽出し、描かないで描く。

――いきなり個人的な話になってしまいますが、過去に4回ほどHALさんの作品展を拝見したことがあって、伺う度に違った内容で面白いなと思いました。もちろんすぐにHALさんだとわかるんですけれど、たとえば中目黒の「11頭の水牛の子どもたち イタリア水牛と過ごした92日」展で展示されていた子牛の作品と、上野の東京都美術館の齣展(コマテン)での作品とでは、ぱっと見の印象がまるで違います。テーマは、作品展が決まってから、それに合わせて決められるのでしょうか。
〈HAL〉テーマはその時の心情や会場の広さなどで決めていきます。個展の創作の中で一貫しているのは「自然と生命と宇宙とフラクタル」「見えないものの中に存在するもの」です。「水牛の子どもたち」はその前年にカレンダーの仕事で北海道の牧場に行きました。コロナ禍が始まり世の中がリモート化したタイミングでしたので、1泊2日の滞在が3ヵ月になりました。ですから92日です。ブラウンスイス牛や水牛や幻想的な霧の風景から離れがたくて、友人夫妻の牧場ということもあり、宿舎を拝借させていただき……生まれたばかりの水牛の子こどもたちにミルクやフンの始末などお世話をさせていただきました。最初は数頭でしたが、だんだん増えていく赤ちゃんたちは生まれた時から命の長さが決まっていました。女の子は乳牛に、男の子は種牛の可能性かそれ以外です。1頭ずつ性格が違い、個性的で可愛かったです。あの時出会った男の子たちはもういないかもしれないです。
――いくら可愛くても、ペットとして飼っているわけではないですからね。
〈HAL〉犬と牛の違いは何なんだろう。滞在中はもちろん、今でもそのことを考えています。
――人間が介在することによって、生命の位置づけが変わってしまうのですね。
〈HAL〉作品は、自然の中で生命と向き合い、純粋に可愛いと思えた私自身子どものような気持ちで描きました。
――他の展示、たとえば公募展のようなものはいかがですか。
〈HAL〉たとえば、齣展(コマテン)は天井高のある美術館の展示ということもあり、サイズに捉われないで伸び伸びと創れるのでダイナミックな筆致で描いています。本年の齣展の前に書籍のイラストで鯨の絵を描きました(小さな池の中で暴れている鯨です)。以前NHKのTV番組で鯨の絵を描いたこともありました。この時の絵を思い出したり、鯨の資料を見ながら、日課の自然の中で行う太極拳がオーバーラップして、霧から海へイマジネーションが広がり齣展の絵になりました。書籍のような細密な描写を離れて、あえて描かずに描くことに挑戦した作品です。
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――描かずに描く。まるでタオ、老子の教えのようです。太極拳にもつながっている気がします。
〈HAL〉つながっているとおっしゃっていただけて嬉しいです! 輪郭から浮かび上がるもの、霧の中で朧げに見えるもの、意図しない止めることのできない滲みそのままを見せてます。老子の「水のように」につながるというか。白鯨の絵では、伸ばした胸ヒレの先に針があります。太極拳の海底針(ハイディージェン)のポーズをさせています。

白鯨海底針(ハイディージェン)

■名前のHALは「2001年宇宙の旅」から。

――ではみなさまに伺っている定番の質問なのですが……、どちらで生まれ育って、どのような子ども時代を過ごされていましたか。
〈HAL〉長野市生まれです。子どもの頃はりんごや桃の木に登って遊んだりしました。父に、各地の高原によくドライブに連れて行ってもらいました。四季折々の自然と共に過ごしてきました。遠くに北アルプスや山脈が見える景色は、今思えばなんて素晴らしかったのだろうと思います。
――意外とワンパクだったのですか?
〈HAL〉今は結構住宅地になってしまいましたが、子どもの頃は身近なところに田畑があったので、木登りや藁山に登ったり、昆虫を捕まえたり、河原で遊んだり、外遊びが好きでした。そういうのをワンパクと言うのかもしれないですね。
――好きだった学科、嫌いだった学科はなんでしょう?
〈HAL〉図工、美術、国語が好きでした。苦手だったのは英語です。現在は外国人に日本語を教えていて、ようやく外国語は文法というよりも、柔軟に話す回数を増やすところから入ればよかったのだとわかりました。
――外国人というのは具体的には……。
〈HAL〉中国の方です。日本でお仕事している方や留学生です。東京モード学園やドレスメーカー学院の非常勤講師でデザインを教えていた経験があります。その時、留学生も大勢いたので、その流れで今年から東京言語学院で、時折、日本語のレッスンをしています。日本語には辞書に載ってない言葉や、法則があるようでない言葉が散りばめられています。教えながら、気づくことや、学生から学ぶことがたくさんあります。
――アートにはいつごろから興味を持たれたのでしょうか。
〈HAL〉物心ついた頃から好きで、10歳から油絵教室に通い始め、そこから興味を持ちました。
――ご自分で油絵を習いたいと思ったのですか? それともご両親の情操教育の一環だったのでしょうか。
〈HAL〉絵が好きだったので、母が油絵教室を見つけてきて通わせてくれました。油絵の道具を揃えてくれて毎週末通うのが楽しみでした。母はきっかけをくれて、あとは自由でした。母に感謝です。
――他に習い事というのはなにかありましたか?
〈HAL〉オルガン教室と書道教室です。父は書がうまくて、よく地域の頼まれごとで早朝に書道をしていました。私がデザイン筆文字を書くのは父の影響だと思います。
――10歳から油絵を習っていたということは、将来画家にための助走だったのでしょうか。
〈HAL〉どうでしょう。油絵を習っていたのが自信になり、中学では演劇部の部長で舞台装置を描いていました。
――演劇部の部長というのは意外です。ずっと静かに絵を描いているタイプかと思っていました。
〈HAL〉演劇部は腹筋や発声や基礎体力で、一見、文化系に見えますが体育会系でした。その時の4人の仲間とは帰省した時、会うのが楽しみです! 一方、高校は美術部でデッサンと油絵にあけくれていました。高校卒業後に上京し、大学の油画科進学のための美術浪人をしました。しかし受験に落ちまして。
――芸大に3浪、4浪もする人がいますが、そうはしなかった……。
〈HAL〉親には浪人は1年だけと約束して「すいどーばた美術学院」に通いました。3浪、4浪は当たり前で講師より上手い仙人みたいな人が何人もいました。落ちたのを機に、絵に関連する道ならば、と方向転換して東京デザイナー学院で視覚伝達デザインを学び、デザイン制作会社に正社員で就職しました。
――油絵を描くのと就職してデザインをするのとでは、同じ美術でもまったく違いますよね。とまどいはありませんでしたか。
〈HAL〉もちろんとまどう気持ちはありました。けれど、デザインと並行してイラストを描かせてもらう機会があったので、迷いつつも続けてこられました。キャリアアップで就職した六本木の会社時代にいろいろ学び鍛えられました。そこから、デザインとイラスト、デザイン筆文字を手がけるクリエイターとして独立しました。
――小説、映画、音楽、演劇などの、絵画以外の芸術分野についてはいかがですか? お好きなものはなんでしょうか。
〈HAL〉花が好きでよく撮影しています。以前、フラワーアレンジメントを習っていたことがありました。その時のnicola先生とは2021年に「nicohal」展という2人展をしたことがあります。SF映画も好きで屋号のHALは、「2001年宇宙の旅」の人工知能から命名しています。
――「2001年宇宙の旅」はスタンリー・キューブリックの名作ですね。冒頭の音楽、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラストゥストラはかく語りき」も美しい旋律と壮大な宇宙を感じさせる構成で素晴らしかった。もちろん監督と共同執筆したアーサー・C・クラークの脚本もよかった。ずいぶん時代を先取りした映画でしたね。
〈HAL〉あの旋律は名曲ですよね! 宇宙遊泳している気分です! 「2001年宇宙の旅」のAIが今、当たり前の時代になってSFの時代に突入ですよね。
――他にはどんな映画がお好きですか。お薦めはありますか?
〈HAL〉生まれる前の映画なんですが、邦画は「七人の侍」(黒澤明)。洋画は「最後の戦い」(リュック・ベッソン)です。どちらもモノクロ映画です。なんでもSFXで作れてしまう現代で、墨絵のようだったり、どちらも圧巻です! SFでは「ブレードランナー」と「アバター」も好きです。今年、ヴィム・ベンダース監督の個展を見てきました。ロードムービー「夢の涯てまでも」の絵です。現在、渋谷が舞台の「PERFECT DAYS」が上映中ですね。
――「PERFECT DAYS」、観ました。小津安二郎の「東京物語」や「秋刀魚の味」に通じるものがあって実によかった。「夢の涯てまでも」もすごくいいですよね。当時は、だらだらと長すぎるという批判もありましたけれど、あのだらだら続く感じがたまらないというか、だらだらだからいいんだって思いました。
〈HAL〉小津安二郎監督も「パリ・テキサス」も好きです! ベンダースは小津監督をリスペクトしていて「東京画」も撮られていますね。だらだら続く描写はとても贅沢な時間体験だと思うんです。「夢の涯てまでも」は当時のNHKの最新技術で映像化されていて、時代を先取りしていましたよね。

■朝の太極拳で、自然と一体になる。

――日常といえば、毎日、特に気をつけていることはありますか。
〈HAL〉朝の太極拳で一日をスタートしています。自然を体いっぱいに、美しい空や雲の変化していく様、木々や花や風を浴びることです。食事では、旬のものをいただくようにしています。できるだけウォーキングも取り入れるようにしています。
――太極拳にはいろいろ流派があるようですが、HALさんがされているのは何式ですか?
〈HAL〉24式太極拳です。その他、関連のカンフー:五歩拳や太極功夫扇(カンフー扇)も習っています。昨年、アートイベントで台湾に行った時、早朝の太極拳にふらりと参加させていただきました。その翌朝、日本から来た私にと、先生らしき方もみえて99式と124式を一緒にさせてくださいました。早朝の束の間の交流でしたが、太極拳は万国共通で誰でも受け入れてくれますね。
――太極拳のどんなところが魅力ですか。
〈HAL〉ゆったりとした柔らかな動きですが、スクワット的だったり、インナーマッスルを使います。太極拳の服部先生はまーるく、ゆっくり、方向定めて全身運動とおっしゃいます。太極拳の「太極」は万物の生ずる、宇宙の根元という意味で、緑の木立のもとでする太極拳は自然と一体になれる感覚が好きです。無理のない動作で姿勢と体幹が整うのでお薦めです。
――そういえば、HALさんは棒術をされていましたね。
〈HAL〉日本の武道をしたいと思い、いろんな武道を見にいきました。その中で道具がシンプルな杖(じょう)と太刀(木刀)の「神道夢想流杖術」「剣道連盟 杖道」を選びました。杖の精神は攻撃ではなく、相手の攻撃に応じて変化・制圧するもので相手を傷つけないことが、自分に合っていると思いました。「突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀」といい、他の武道を網羅した技法も気に入りました。10年間続けてきましたが、残念ながら、会の曽我師匠と保科会長が天命を全うされたので今はしていません。師匠は物理の先生をされていたので、よく「てこの原理」とおっしゃっていた言葉を思い出します。
――バリバリ体育系ですね(笑)。棒術は試合などもするのでしょうか。
〈HAL〉試合は段位の審査試合です。主に型によるものなので試合でアザを作ることはありません(笑)。一応有段者です。
――太極拳で一日が始まるとのことですが、制作の時間は決まっていらっしゃるのでしょうか。さしつかえない範囲で、日々の、あるいは週の時間割(だいたい何時ごろ起きて、午前中は雑用をこなし、午後は制作に集中する、とか)を教えてください。
〈HAL〉制作の時間はフリーランスなので、仕事の状況に応じてあまり明確にしてないです。とにかく朝の太極拳を軸に調整しています。現在はデザインやイラストのほか、日本語学校の講師の仕事で日中外出することもあり、時間は不定期です。朝型なので夜明け前の時間帯が好きです。
――話は変わりますが、趣味はなんでしょう。
〈HAL〉花や自然の撮影が趣味です。日々花の写真をSNSにアップしています。Instaは世界の方と繋がっているので平和への願いを込めて地球のアイコンを意識的に入れています。
――将来、これをやってみたいというのはありますか。たとえばどこそこへ行ってこれを食べたい、とか、バンジージャンプに挑戦したい、でもいいです。
〈HAL〉世界の風景を見てみたいです。新しい発見をしていきたいです。SFの流れで時代の先に繋がる新しい概念にも興味があるので、Web3がどこに向かうのかも追ってみたいです。
――特に行きたい地域はありますか?
〈HAL〉北欧に行きたいです。北欧家具と食器が好きなので。それと、日本の文化と作品を世界に届けたいです。また、自然や地球環境を大切にして、そのためにできるささやかな努力をしていきたいです。
――具体的にはどういうことでしょうか。
〈HAL〉ゴミの分別やリサイクルや食べ残しをしないとか、自分にできるささやかなことです。水牛と過ごした年のグループ展「フレンチ・チーズウォークin中目黒」では牧場の廃材を使いチーズのオブジェを作りました。牧場では一番最寄りの町が25キロ先か75キロ先で、それしか材料が手に入らなかったということもあるのですが。なければないで自然とリサイクルのアイデアが出るものですね。絵を見ただけでは伝わらないかもしれませんが、自然や地球に共に生きるものに思いが馳せればいいなと思います。

――365カフェで作品をご覧になった方へメッセージをお願いします。
〈HAL〉ご覧いただきありがとうございます。目に見えないものの中に大切なものがあるように感じています。空気や大気、ものや人の出会いやつながりも見えないし、インターネットのプログラムも表には見えないし、今この瞬間に深淵な時があること、自然と自分とあらゆるもの連動と連鎖など。前に向かう気持ち、希望が届けられたら嬉しいです。これからも挑戦し続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。心から感謝を込めて。

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