前田茜+川原萌 作品展
「にちにち、よき日」
2022.3.17[木]-2022.4.27[水]開催
【第8回】前田茜+川原萌 作品展「にちにち、よき日」
前田 茜/山口県生まれ。金沢美術工芸大学卒業。同大学院入学予定。
【受賞歴 】
2020年 第7回日展 入選
2021年 第8回日展 入選
川原 萌/愛媛県生まれ。金沢美術工芸大学卒業。京都市立芸術大学大学院入学予定。
【受賞歴】
2020年 第5回 星乃珈琲店絵画コンテスト グランプリ受賞
2021年 第39回 上野の森美術館大賞展 入選
2021年 第28回 飛騨高山臥龍桜日本画大賞展 入選
前田茜 「延々と」
川原萌 「またここにいる」
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365cafe art galleryの作品展も8回目を迎えました。今回は日本画の新鋭お二人の登場です。白状すれば私の美術に対する意識は、これまで完全に西洋絵画に向いていました。いま現在日本に居るにもかかわらず、です。尾形光琳がどうの雪舟がどうのといったところで、それは知識としての範疇であって、等価に楽しむことがなかったような気がするのです。ところが今回お二人の作品を拝見して心の底がざわつきました。静かで、ひっそりとしていて、透明で、味わいがあり、そこに描かれたものが、見れば見るほど愛おしくなってきたのです。この深淵で神秘的な日本画の世界を、カフェギャラリーでご紹介できることをとても嬉しく思います。インタビューと併せてぜひお楽しみください。
(インタビュアー 株式会社サンポスト 前田 敏之)
■円空仏や福田平八郎に惹かれて
――日本画という言葉が使われる契機となったのは明治15年のこと。龍池会でフェノロサが「油絵」と対比させて「日本画」が優れていると説いたとされ、日本画という言葉が次第に定着していきました。そういう定義は抜きにして、ここでは日本画=明治以降のもの、ではなく、日本の絵画という視点で広く見ていきたいと思います。
美術大学には日本画科があって、若い学生さんたちが学んでいるのもわかっていますが、それはあくまで頭の中での理解であって、日本画というと、どうもお歳をめされた大先生が描いているようなイメージがあるのです(笑)。なので、お二人の若さと作品の完成度の高さにびっくりしました。なぜ日本画を始められたのでしょう。
〈前田茜〉 小さい頃から何かを作ることが好きで、なんとなく美大を目指し始め、美術予備校に通ったんです。最初はデザインを学んでいたのですが、予備校で円空仏に出会い、その造形の美しさに衝撃を受けました。そこからですね、日本美術や日本画に興味を持ったのは。
――円空仏とはこれはまたシブい(笑)。でも、鑿の跡が大雑把なようでいて見事に表情を捉えていて魅力ですね。見ていると仏像がこちらに語りかけてくるようです。円空は12万体もの異形の神仏像を彫ったといわれています。物量自体もすごいですが、その造形も実にバリエーションに富んでいます。十一面千手観音像などはアニメに出てくる怪物のようです。円空仏の特にどれがいいとかっていうのはありますか?
〈前田茜〉 千面菩薩像の観音菩薩立像です。円空仏は大きくて迫力満点なものもありますが、これは30cmほどの小さな仏像で、木端物と呼ばれるものです。円空は木端仏をたくさん作っていてどれも造形が斬新で素敵なのですが、とくに観音菩薩立像は簡潔な造形と木材の反り、観音菩薩の表情が絶妙でとても魅力的です。
――日本画でお好きな作家についてはいかがですか。
〈前田茜〉 狩野山雪や中村芳忠、尾形光琳などが好きです。
――正統派というか王道のような気がします。川原さんは、どうして日本画の道に進まれたのでしょう。
〈川原萌〉 私は高校で美術科日本画コースに所属していました。
――高校で美術科があるということは、芸術高校だったのですね。それでは遡ると、中学生の頃から日本画に進みたいと思っていたのでしょうか。
〈川原萌〉 いえ、中学生の頃は漠然と絵を描くことが好きで美術に興味があるくらいでした。自分の好きなことをして、周りの人達が笑顔になってくれたり、自分自身を認めてもらえることが純粋に嬉しかったので、もっと専門的に学びたいと考えるようになりました。高校ではそこで教えてくださった先生の日本画に対する真摯な姿勢に憧れを抱いたことと、明治から大正、昭和にかけての日本画家が好きだったことがきっかけで、さらに日本画に興味を持ちました。
――具体的にはどなたがお好きだったのでしょう。
〈川原萌〉 福田平八郎さんです。
――いままでの日本画の概念を覆すといったら大げさなのかもしれませんが、かなり大胆な作風の方ですよね。昭和28年の作品「雨」など、屋根の瓦しか描いていない。
〈川原萌〉 福田さんの作品は、自由な構図や構成、美しい色彩感覚も魅力的ですが、デフォルメされた鮎や鯉など、モチーフの生き生きとした表現や動植物への温かい眼差しがとても好きです。自分もそのような人たちにもっと近づきたいと思い、大学で日本画を学ぶことを決めました。
■幼少期の思い出と自然へのアプローチ
――いま気がついたのですが、お二人ともお名前が一文字。「茜」も「萌」も、茜色だったり萌葱色だったり、色のお名前です。生まれたときから繊細な色を使った日本画の世界へ歩み出すことが運命だったような気もします。子ども時代の思い出を聞かせてください。
〈前田茜〉 近くにコンビニはなくて、駄菓子屋さんと山と田んぼしかないところで育ったのです(笑)。なので、小学生の頃は空き地に友達と秘密基地を造ったり、用水路に竹舟を流したり、あとは学校の運動場で鬼ごっこをして遊んでいました。
――なんだかドラえもんの世界! お二人はもちろん平成生まれですけれど、良き昭和の雰囲気の中で育ったのですね。テレビで「ドラえもん」は見てました?
〈前田茜〉 実は、アニメも映画も一回も見たことがないんです。アニメが禁止という家庭ではなかったんですけどね。
〈川原萌〉 私はとっとこハム太郎が好きでした(笑)。
――ハム太郎、可愛い! 川原さんはどんな環境で育ったのでしょう。
〈川原萌〉 動物や生き物に興味があり、近くの水族館に行くのが好きでした。
――なんという水族館ですか?
〈川原萌〉山口県下関市にある海響館という水族館で、特にフグとシロナガスクジラの骨格標本の展示が魅力的でした。実は幼少期は前田茜さんと同じ山口県に住んでいました。家では金魚やトビハゼを飼っていました。祖父母の家で川の生き物を捕まえたりするのも好きでした。また、隣家の猫が私の家に遊びに来たりと動物と触れ合うことが楽しかったのを覚えています。
――川原さんの作品で、石の陰にいるドジョウなど、ふだんは見過ごしてしまいがちな片隅の自然が見事に描かれています。日本画には全般的に動植物を描いた作品が多いような気がするのですが……前田茜さんは動植物が描かれた作品で特に好きな作品はありますか?
〈前田茜〉 狩野山雪の「雪汀水禽図屏風」や、中村芳中の「月に萩鹿図」など、たいへん美しく魅力的です。
――屏風だったり掛け軸だったり、日本画が西洋絵画と違うのは、その成り立ちが、襖絵などからきているからではないかと思うのです。住空間の一部といったような身近なものに描かれて発展した。もっとも西洋でも礼拝堂の天井画などは建築物の一部としてとらえてもいいかもしれませんけれど。たとえば襖に自然を描き、部屋に居ながらにして四季の移ろいを楽しむ。そういった自然に親しむ心が日本画のベースにあるような気がするのです。なので、日本画は自然を描くとき、自然に敬意を払い、しっかり見つめて自然から要素をいただく。しかし西洋絵画はもちろん写実的な絵画もありますが、やはり一旦自分が頭で解釈して写し出す。そんな感じがするのです。この解釈、合ってますか?(笑)
〈川原萌〉 難しい質問ですね。日本に昔からある、ものや自然に対する価値観は面白いですよね。私は西洋絵画と日本画を比べたときに西洋人と日本人の持っている、宗教的な価値観の違いによって作品の表現にも違いが生まれくるのではないかと思います。日本ではアニミズムの思想が昔からありましたし、そのような思想も作品の表現に関わっているのかもしれませんね。
〈前田茜〉 襖絵が部屋の中から外の風景を連想させる機能があった、というのはそうだと思います。ですが、最近の日本画はパネルに描いて額に入れるので、自然を対象に描いた作品でも、そういう機能とは離れていっている気がします。大規模な日本画の展覧会である院展や日展、創画展などには長辺2mほどのパネルに描かれた作品が多く展示されています。それらは、四角の画面の中にどうモチーフを構成して作者の世界観を描くか、という作品が多いと思います。
――日本画も変化しているのですね。
■金沢はスーパーの寿司や刺身が美味しい!
――お二人は金沢美術工芸大学に進まれたわけですが、この大学を選んだ理由を教えてください。
〈前田茜〉 生まれが山口県の田舎だったので、狭い範囲から出て、できるだけ遠くの環境が違う場所で過ごしてみたかったからです。
〈川原萌〉 金沢という日本の文化を感じる環境で、集中して制作に取り組めると思ったからです。
――どんな学生生活でしたか。お二人とも初めてのひとり暮らしだったのですよね。
〈前田茜〉 まったく知らない土地で人間関係の不安があったのですが、気が置けない友人もできて楽しい大学生活でした。それよりも天気予報があてにならない金沢の気候の方が大変でしたね。
〈川原萌〉 私は京都に1年間住んでいましたので一人暮らしは初めてではありませんでした。なので、かなり慣れていましたね。ただ気候の違いには驚きました(笑)。大学生活においては前田茜さんと一緒で、友人達に恵まれていたと思います。考えや気持ちを共有できる友人に出会えたことに感謝しています。
――これからお二人は大学院生。これからも学生生活が続くわけですが、ちゃんと食事は作って食べていましたか? なんだか父親のように心配になってきました(笑)。
〈前田茜〉 偏食なので自炊して食べてはいますが、正直栄養バランスまで気を配れてないです。
〈川原萌〉 金沢はスーパーで売っている海鮮物が新鮮で、お刺身やお寿司がとてもおいしかったです。課題の締め切り前は自分で食事を作ることが困難でした。
――絵を描いていないときには、何をしていますか?
〈前田茜〉iPadでイラストも描くので絵を描かない時間があまりないですが、漫画を読んだりゲームをしたり、YouTubeを見たりして家でゴロゴロしています。
〈川原萌〉ドジョウを飼育していたのでよく観察していました。あくびをするところと水草にいろんな姿で乗るところを見られたらラッキーな気持ちになります。
――では、日本画以外でお好きなものは?
〈前田茜〉 漫画が好きです。特に市川春子先生の作品が好きです。内容はもちろんですが、ページ構成やコマ割り、キャラクターの表情など、ひとつひとつに作者の意図が組み込まれていて、何度読み返しても楽しい発見があって面白いですね。
――川原さんはいかがですか。
〈川原萌〉 私は小さい頃からピアノを習っていたので、クラシックのピアノ作品を聴くことが好きです。馴染みのある音色でもあり、心を落ち着かせることができるので、疲れたときや、これから頑張りたいときに聴くことが多いです。音での表現が、絵画の表現と比べて、共通するところや違うところがあり面白いです。
――共通するところというのは具体的にどんなところでしょうか。
〈川原萌〉 どちらも芸術という分野ですので、一つの決められた解答がないところがそのひとつにあると思います。制作者、演奏者の技術的な要素と表現方法の選択で生み出される作品は、人それぞれで違っていて、だからこそ魅力的に感じます。
■素材を考えることから、日本画の面白さは始まる
――油絵などだと絵具が乾くのに時間がかかったりしますが、日本画の場合はどうなのでしょう。制作工程を簡単に教えてもらえないでしょうか。
〈前田茜〉 ざっくりした工程は、まず、モチーフを決めて写生を行ったり、資料を集めたりして、小下図とよばれる小さいエスキースを作ります。次に、その小下図をもとに、大下図とよばれる実際のパネルサイズの下絵を制作します。支持体はベニヤパネルなどに和紙や絹などを張り込んだもので、それに顔料と接着剤を自分で混ぜ合わせた絵具で描いていきます。日本画でよく使用されている接着剤は腐りやすく、水に溶かすと数日で接着力が弱まるので、彩色の前に自分で絵具を作る必要があります。油絵のように絵具が乾くのに時間がかかったりはしないのですが、顔料の粒子の大きさが均等でないものが多いので、乾くまでに絵具の片寄りが予測できないことが多く、だからこそ描いていて楽しいですね。
――片寄りというのは、絵具が均等に着かずに寄ってしまうということですか?
〈前田茜〉 はい、説明したように日本画材の多くは、顔料と接着剤を自分で混ぜ合わせて絵具を作ります。顔料の粒子の大きさは色々ありまして、特に岩絵具だと粉状のものから砂くらいの大きさまで種類があります。小さいものは水の流れに乗って筆跡の中心から端まで行き渡るのですが、大きいものは動きにくいので筆跡の中心に留まります。それに、混ぜ合わせる接着剤と水分の割合だったり、接着剤の性質だったりが関係して絵具の偏りができます。そういう偏りからできるマチエールの適当さも気に入っています。大らかさといいますか、遊び心がありますね。
〈川原萌〉 私は岩絵具を使うときに、描くという意識よりも素材を膠で画面にくっつけているという意識になることがあります。同じ色でも粒の大きさによって10段階以上あるので、表現したいイメージや画面への定着具合を考慮して選択していかないといけません。ですので、日本画は描く際に素材について意識せざるを得ない絵画だと思います。
――本当にわからなくて、何から何まで聞いちゃいます。ベースは絶対に和紙か絹なんですか。この銘柄の和紙じゃないとダメ、みたいなことはありますか?
〈前田茜〉 絶対にというわけではないですが、多くの人は和紙か絹を使っていますね。最近ではアートクロスというポリエステルでできた布も使われることがあります。私はまだまだ研究中ですが、和紙の柔らかい雰囲気が好きなので和紙をよく使います。
〈川原萌〉 私も和紙を使っています。産地によって使われる植物が違ったり、それによって色味や厚みが違ったりと、たくさんの種類の和紙があります。私はまだ和紙については勉強不足で、今は様々な種類の和紙を使いながらどんな特徴でどんな効果が生まれるのか試している最中です。いろんな和紙を使っていくことで自分の表現の幅が広がりますし、その知っていく過程が楽しいです。
――岩絵具というのは、顔料の一部ということでしょうか。
〈前田茜〉 はい。岩絵具は日本画の顔料の一つです。日本画材には、岩絵具や水干、胡粉などがあり、多くの人はそれに膠という接着剤をまぜて、水に溶いて使用します。岩絵具の粒子の大きさは先に説明したように、粉くらい小さいものから砂くらい大きいものまであり、表現によって使い分けます。
〈川原萌〉 日本画の顔料には岩絵具の他にも水干絵具や胡粉などがあります。この二つは岩絵具と比べて粒子の大きさに段階が無く、粒子の細かいものが多いです。
■言葉に表せないから絵で表現する
――それぞれお好きなモチーフはあるかと思いますが、これは描かないな、というモチーフってあるのでしょうか、ってわかりにくい質問ですよね(笑)。たとえばセザンヌなど卓上のリンゴを描いたりしています。モランディは瓶ばかり描いています。前田さんや川原さんは、卓上のリンゴを描いたりすることはあるのでしょうか。それは描いてもつまらないから描かないのか、そのあたりはどうなのでしょう。たとえば美味しいお饅頭があったとして、それを描くことはありますか?
〈前田茜〉 食べ物をモチーフに選んだことがないので想像が難しいですが、絵を描く、という行為は私にとって、言葉や行動で消化できない感情が最終的に行き着く先なので、そのお饅頭がとんでもなく美味しくて、言葉に表せられない、感想を人に話しても消化できない感動があった、となったら描くかもしれないですね。
〈川原萌〉 私はりんごでも柄の面白いものや色がとにかく魅力的なものなど、その個体に愛着が湧いたら描きたくなりますね。モチーフと自分との関係性やモチーフの魅力が何に由来しているか気になった時に愛着が湧くと思います。そのモチーフを自分がさらに引き立て、魅力を描き止めることでモチーフが喜んでくれたらいいなと思ったりもします。お饅頭も色や形の面白さで愛着が湧けば描いてしまうかもしれません。美味しい場合は全部すぐに食べますね。
――なるほど……すぐに食べちゃう(笑)。では、ご自分の作品のここを特に注意して見てほしい、といったアピールポイントを教えてください。
〈前田茜〉 地元山口から離れて初めて、地元の山々や風景を大切に思っていたことに気づきました。季節によって変化する自然と人の営みが混ざる田舎の風景など、私が毎日見ても飽きなかった景色を作品にしたいと思い、制作しています。ですので、作品の中の温度や湿度、空気を楽しんでいただければと思います。
〈川原萌〉 日本画では写生を通して対象物をより深く知ることを大切にしており、その行為に魅力を感じています。私はドジョウやカニなど、小さな生き物をよく描いています。幼い頃から小さな生き物を探すときや発見したときに心が弾むような感覚がありました。そのような高揚感や期待感を画面の中にどのような形で表現できるかを考えながら制作しています。また、そのために画面の中で、小さな生き物たちが過ごしやすいような場所の提供をしています。
――最後に作品をご覧の方、このWebインタビューを読んでいただいた方へ、メッセージをお願いします。
〈前田茜〉 ここまでインタビューを読んでくださってありがとうございました。また、展覧会に興味を持ってくださり、作品に出会ってくださりありがとうございます。気が安まることが少ないご時世ですが、我々の作品はゆっくりとした時間が流れるものが多いので、作品とともにコーヒーを飲んだりして、ひと休みしていただけましたら幸いです。
〈川原萌〉 作品やインタビューをご覧になって頂きありがとうございます。作品を見てくださった方が少しでも楽しい気持ちになったり、生活の中の身近な景色に想いを巡らせたり、それぞれの心地よい時間を過ごして頂ければ幸いです。今後も制作活動をしていきますのでまた作品をお見せできたらと思います。このような貴重な機会を作って頂き、365カフェさん、本当にありがとうございました。
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